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労働法:懲戒権の行使にあたっての判断思考

 最近の就労環境は人手不足が言われており、人材の流動性も進んでいます。
 他方、企業側は、そのような環境のなかでも、一旦雇用した従業員の雇止めをすることは、そう簡単にできることではありません。しかも、最近では、対人関係で問題を抱えている人や、精神疾患や器質性疾患を抱えていて会社に知らせていない人など、他の従業員との人間関係や職場環境への適応がうまくいかない人たちが増えているのではないかと思われます。。
 ある弁護士が、そのような従業員のことを「現代型問題社員」と名付けていますが、確かに、昔のように、社内で政治活動や選挙運動をするような人たちとは、対応のしかたが違ってくるように思います。
 ひとまず、今回は、使用者の懲戒権の行使について、古い裁判例を参考にして、ごく基本的な部分を解説します。

 使用者は、労働者に対して、法的に有効な範囲で懲戒権を行使出来ます。違法になると、民事的には損害賠償の義務、刑事的には強要、強迫、暴行等の責任を負うことがあります。
 従業員の政治活動が問題となった関西電力事件(昭和58年最高裁判決)では、「労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって使用者に対して、労務提供義務を負うと共に、企業秩序を遵守すべき義務を負い・・・使用者は、制裁罰である懲戒を課することができる」と述べています。
 ただ、どんな懲戒処分でも自由にできるかというと、そうではなくて、上記最高裁判決は、「企業秩序は、通常労働者の職場内または職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持しうるのであるが、職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても、企業の円滑な運営に支障を来す恐れがあるなど企業秩序に関係を有するものもあるのであるから、使用者は、企業秩序の維持確保のために、そのような行為をも規制の対象とし、これを理由として労働者に懲戒を課することも許される。」と述べて、「職場外でされた職務遂行に関係のない行為」に対して、相当性・関連性を審査する態度を示しています。
 関西電力事件では、従業員が会社の社宅に会社を誹謗中傷するビラをまいたという案件でしたが、それに対して、譴責処分を与えたことは適法だとされました。

 別の事件では、無断欠勤を理由に懲戒解雇し、その後、裁判の中で、履歴書の虚偽記載(57歳のところ45歳と年齢詐称)が明らかになったので、それを懲戒解雇理由として追加したという事案は、地裁では解雇有効と判断されましたが、高裁と最高裁で解雇無効と判断されました。

 その他、今日までの間に、大変多くの裁判例がありますが、法律家的発想では、「懲戒の対象となる行為の程度と、それを対象とする懲戒処分の内容とが、社会常識的にみて、均衡を保っているといえるかどうか」を判断しています。
 経歴詐称に関しては、もう一つ最高裁の著名判決があります。学生運動の活動家だった者が、大学中退を高卒と偽って入社し、無許可で社内にビラ配布をした件で懲戒解雇になったという例です。このケースでは、採用面接時点で刑事被告人として公判中だったことも隠していたようです。前科前歴の有無等、自己の不利益情報について、(道義的にはともかく)資格要件等でない限りは、法的に自己申告の義務まではありませんし、現代刑事裁判は、判決が確定するまでは「無罪」であるという前提で動いていますので、公判中であることはなおさら申告しなくても差し支えないといえるでしょう。
 結果的には、このケースでは解雇が有効とされていますが、もし刑事被告人になっていなくて、社内での目に余る政治活動もなく、大卒の学生運動活動家だったことを隠す学歴詐称だけで解雇して有効かと言われると、微妙なケースと思います。
 
 懲戒権の行使は、解雇の有効・無効につながる非常に重要な局面ですので、無益な裁判を避けるためにも、事前に慎重な検討をされることが必要と考えます。


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