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月の土地販売について雑感

以前,芸能人がらみの月の土地所有権購入のニュース報道があったので,ひょろりんと考えてみたこと。

1 地球外天体を「所有」することは出来るのか

1-1「所有」の起源を考える
 原始的には事実上の「支配」から始まると考えられます。つまり,誰かが何かを自分だけのものであると宣言し,その実質を形作り,これを守っていく体制を作ったとき,そこに原始的支配状態が生まれます。ここでは何らの国家も政府も必要なく,実力だけの世界ですが,それゆえに法的に承認された意味での「権利」ではありません。
 この支配状態はやがて,自分が生命財産を懸けなくてもそれが何らかの権力によって保証され(承認された支配権),他人の排除を主張できるようになり(排他的支配権),それを守る制度が構築されます(財産権制度)。
 このように,「支配」という事実状態が社会的に安定すると,それが法的権利に質的に変化し,支配物を他人に安心して利用させることができるので,支配者と管理者の分離が可能になります。ここに「所有」と「占有」の分離が生まれ,「賃貸」も可能になります。

1-2 土地所有は上下に無限大?
 ところで,日本の土地所有権はどのように定められているでしょうか。民法207条は,「法令の制限内において,その土地の上下に及ぶ」としています。そうすると,日本国に土地を所有する限り,その下は地球の中心から,上は大気圏内(*1)にまでに至る膨大な空間の所有権が「一応」日本国に保証されていることになります。
 これでいくと,概念的には地球の中心のどこかの一点は日本国民のうち土地所有権者全員が共有していることになるんでしょうね。また,なぜ上限を大気圏と考えるかというと,地球が自転公転しているため,そこで区切らないと天空のあらゆる部分がランダムに所有対象になってしまう不都合が生じるからです。
 これらの点については,いろいろな見解があるようですが,私はそのように考えています。

1-3 所有の対象範囲に限定はあるか
 1-1で述べたように,「支配」と「制度」の構造によって維持されているのが,現在の所有権のあり方です。 この地球という天体の地表においては,土地はほぼ何らかの法主体に帰属する固有財産制度が確立しており,多数派の所有権制度は,国家が対象地の領有を主張し,国際的に承認されている境界の範囲内で,当該国家及び国民の財産権を保証する仕組みになっています。
 ただ,南極のような特殊な領域では条約という国際的合意によるルールが確立されており,国家の領有権主張が凍結されているため,何者かが領有・私有を宣言しても,それを守ってくれる制度がないので,結果的に「所有権」が成立しない状態になっています。
 大気圏外の宇宙空間に関しては,Treaty on principles governing the activities of states in the exploration and use of outer space, including the moon and other celestial bodies(通称The Outer Space Treaty 宇宙条約)があり,やはり国家の領有権主張を制限しているので,個人の私有を宣言してもそれを守る制度がありません。

2 月に所有権は成立しうるのか
 これは仮定の話ですが,もし、ある私企業が自前で月面の一定領域をカバーするセキュリティシステムを作り,月面を区割りし,一般私人に分譲し,登録された購入者のみが当該月面領域にアクセスできるような体制を作ったとすると,原始的形態である「支配状態」が一応完成します。あとは,その支配力を確保するための制度を構築し,国際的に安定した制度になったと認められたとすれば,そこで「所有権」が成立する可能性が全くないとは言い切れません。
 月面販売事業者は,国家の領有権主張が制限されていることの限定解釈ないし反対解釈として,私人の所有は否定されていないとする見解を取るようですが,前述のとおり,所有権は,支配と制度が公に承認されたところに発生する法的概念なので,対外的には実態が伴わず意味を成さない(排他力,保証制度がない)ように思われます。

3 逆転の可能性
 ここまでは,地球人のことしか考えてきませんでしたが,もしも、地球外主体が月の所有権を主張した場合,地球人との優先関係はどのように決められるのかという大問題があります。
 本稿を振り返れば分かるとおり,所詮,支配し制度化した主体が所有権を取得するのですから,両者が接触し,相互に権利主張し,勝者の制度に委ねるか,休戦して権利制度協定を結ばない限りは,単なる事実状態としての意味しかないのが現実でしょう。
 もしかすると,あなたが買ったという月面土地はおろか、あなたが自分のものだと思いこんでいる登記された日本国内の所有地ですら、すでにどこかの地球外生命体が勝手に権利証を作って売買しているかもしれません。「対象土地所在生命体の自由捕食権付き」で(*2)・・・。そんなことを認めていいのでしょうか・・・。

4 結語・・・「月面土地販売事業」に対する私見
 所有とは,権利調整ルールを前提とした概念である。
 ルールは共通認識のもてる状況において,複数の利害関係者が共同参加して初めて決定できる。
 現状では,各国家単位で,内部的に所有権ルールを定めているほか,国際法で国家間の領域に関するルールを大まかに決めているが,地球外惑星に関して「地球人」と「その他の利害関係者」が作成した所有ルールは,まだない。ルールがない場合には,事実状態が優先される。やがて,事実状態の衝突が無視できなくなってきた場合には,権利調整ルールが必要となり,一定の制度が現れる。
 その場合の利害関係者として,月の土地上の一定の区画に,それぞれが観念する内容の「(ルールとして未承認の留保付き)所有権」を主張する者が,当事者として参加できるかどうかは,利害関係の程度による。しかし,所有の根源は「支配」である以上,なんら事実的支配を伴わないペーパー上の「所有権証書」の所持者が利害関係人として認められる可能性は皆無であろう。法的保護を与えなければならない根拠が希薄すぎるからである。
 ただし、さらに考察を進めると,国家の領有権が主張されない領域には,国家外主体(たとえば個人や私企業)による「国家の枠を越えた」地球外空間の開発という抜け道があることに気づく。これを最大限利用すると,巨大営利企業が,天体所有利益を独占することがあり得る(アメリカのSFドラマには,このようなテーマが頻繁に登場する)。
 「月面土地販売」が,そのような状況を未然に防ぐために,出来るだけ多くの人々に月その他の惑星に関する個人的な権利を主張してもらおうという象徴的な政治運動(乱開発阻止のための一坪地主運動や立木トラスト運動のようなもの)であるというならば、その程度の意義ぐらいは,もしかしたらあるのかもしれない。
 しかしながら,日本で「土地を買う」という言語表現には,「所有権(排他的支配権を含む)を取得する」含みがあるので,現に販売されている「月の土地所有権」と日本語の「土地所有権」とは内容が違っている。違うものを紛らわしい名称で販売する契約は,消費者契約法の趣旨からすると,無効ないし取消可能だと解すべきだろう。「月面土地所有予約債権(一種の先物取引商品)」だという理解もあり得るかもしれないが,そうだとしても同様である。
 現在月面土地を販売する事業者は,その主張から判断するに、法制度に無知であるように思われ,弁護士の立場からすると,契約をしないことをおすすめする次第である。

*1 大気圏とは おおむね地上高度800km以内の範囲を言います。人が到達可能という意味での利用可能性としては,気球で高度34km,飛行機でも高度100km程度が上限です。低軌道ステーションはおおむね高度約400km,静止衛星は高度約36000kmの位置にあります。宇宙空間という場合,おおむね高度80kmから120km(熱圏から外)を超える領域を指しています。ちなみに月までの距離は約38万kmあります。

*2 単なるブラックジョークですよ(念のため)。でもほんとにあったら怖いですね。


Comments

One response to “月の土地販売について雑感”

  1. 佐藤勲 Avatar
    佐藤勲

    月の土地の権利書の販売が日本に上陸した時、弁護士や警察、経済産業省に相談した事がありますが、訴訟社会のアメリカで何年も生き残ってきたものなので、裁判に訴えても勝てないだろうとか、実際に権利書を買っていない人は訴えられないとか、不正競争防止法違反だとか、買った人がホームページの文面をよく読まないのが悪いとか、意見はいろいろでした。しかし、法的効力のない単なる紙切れに過ぎないことは明らかですから、裁判以外の方法で封じ込める方法はないものかと思っています。たとえば、弁護士の方が日本天文学会や日本惑星科学会でこの問題について発表したり、プレス発表して国民に注意を促すとか、国内法で禁止するとか、です。
    何か具体的なアクションを起こす気はありますでしょうか。

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