カテゴリー: 法令

  • 企業取引契約への法律適用

    1 外国との取引で最低限決めるべきこと
     商売上の取引はすべて契約法が支配します。そして,契約は,最終的には法律の強制力によって守らせることができるからこそ,意味があるものです。
     日本国内の契約では、ほぼ例外なく日本法を適用し、日本の裁判所で審理されることを前提に考えておけば足ります。
     国際間契約書では,戦争や国交断絶に至るまで,様々な突発事故を考慮した細かい規定が定められることがありますが,日本国内の契約実務では,大きな柱は立てるものの,細部は「信義誠実に基づいて協議する」条項で広くカバーし,問題が起こったときに話し合って決めればよいという発想が、いまだに主流です(本来これでは契約書の意味を成さないのですけど、慣用的にまあよしとしてしまっています)。

     外国との取引では,国内企業同士の取引の場合と違って,決めておくことが望ましい大切な二つの事があります。それは,「準拠法」と「管轄」です。管轄は国内企業同士の場合にも重要です。
     準拠法とは,その契約にどこの国の法律を適用するかという問題です。準拠法は第三国法でもよいのですが,双方が他国の法律に準拠すると,法令調査がたいへんだという問題もあります。法律の内容によっては,日本の裁判所で適用されない条項もあり得ますので,出来れば,日本法を選択したいところです。
     次に管轄とは,その契約に基づく紛争が生じたときにどこの裁判所で解決をするかという問題です。これも準拠法とは別に,当事者が合意により決めることができます。国際取引の場合には,裁判管轄のほかに,商事仲裁機関を紛争処理における第一次専属管轄とする例も多くあります。例えば,中国には,中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)があり,日本では一般社団法人日本商事仲裁協会があります。

    2 特に国際売買取引について
     国際物品売買契約に関する国連条約(CISG 通称ウイーン売買条約)を日本が批准したことにより,2009年8月1日以降の国際売買取引に適用されることになりました。これ以前は,準拠法を定めない場合には,それぞれの当事国の法解釈により,どの法律を適用するかを決めていましたが,この条約適用後は,当事者間で別の合意をしていない限り,この条約が適用されることになります。なお,これはあくまでも売買契約が対象であり,運送契約や請負契約等には適用されません。

    3 準拠法を決めなかった場合
     準拠法や管轄裁判所を全く決めていなかった場合にどうなるかについて説明します。
     準拠法を決めていなかった場合には,まず自国の法律が適用されるかどうかを検討します。その場合の基準になるのは,平成18年までの契約であれば「法例」,平成19年以降であれば「法の適用に関する通則法」です。その内容には微妙な違いがあるので,いつの時期の契約なのかによっては解釈が違ってくる可能性があります。
     準拠法が決まれば,裁判管轄についてもその準拠法の定めにより決まります。
     裁判管轄はあるが,相手が外国会社であるという場合には,日本の裁判所へ提訴できますが,その際には,相手国の言語による訳文を添付して提訴し,相手国政府を通じたルートで相手に届けることになります。これにはかなり時間が掛かることもあると言われております。たいていの場合には日本に支店があることが多いでしょうから、あまりこのようなケースはないかもしれません(私は未だやったことがありません)。
     日本に管轄がない場合には,相手国の裁判所への直接提訴ということになります。その場合,相手国裁判所では,自国法に基づいて管轄権の有無を判断し,管轄がないと判断して却下することもあり得ます。また,準拠法に関する相手方からの異議により,改めて準拠法と管轄が問題となる可能性もあります。
     このように,準拠法や管轄を決めておかないと,内容の判断に入るまでに,門前で無益なやりとりを延々と続けなければならない羽目になりますので,注意が必要です。

  • 内容証明作成の目的と弁護士の事件選択について

     サイト上に,内容証明作成の事件依頼についてお問い合わせを頂きました。

     申し訳ありませんが,メールによる個別の相談や,当サイトからの相談依頼は,現状お受けしていませんので,一般論として弁護士への事件依頼についての考え方を述べて,回答に代えさせて頂きます。

     結論からいうと,法的請求権の裏付けのない内容証明は作成できません。
     例えば,医療過誤について医師の責任を問う内容証明を出すためには,少なくとも,診療記録を全部検討し,専門医の意見を聴取し,自分なりに医学文献や裁判例等を調査したうえで,医師に対して法的責任を問える可能性があると判断できることが,内容証明作成の前提条件です。

     どんな弁護士もそうだろうと思いますが,弁護士が仕事を受ける場合には,最後まで責任をもてると考えた事件のみを引き受けます。
     その条件は,事件の種類によっていろいろですが,おおまかなところでは,次のようなチェックポイントがあります。
    ・依頼された事件が,訴訟手続を使って解決できる問題であり,かつ,訴訟手続を使ってでも解決すべきであること
    ・依頼者の要望する結果あるいは手段が,違法・不当・不可能でないこと
    ・もし,自分がその事件を自分のこととして捉えた場合に,自分の良心に従っても,同じように進められること
    ・依頼者がリスク・コストを理解しており,最悪の結果になった場合でも依頼者において受容が可能であること

     これらの観点からいうと,法的権利性のあいまいな問題(例えば,過失の有無が分からない医療事故,口約束に基づく貸金請求など)については,どうしても受任に慎重にならざるを得ません。

     弁護士になったとき,先輩弁護士から,「たとえ依頼者の話であっても,責任が持てるようになるまで,安易に乗りかかってはいけない」と,教わりました。これは,依頼案件を責任を持って戦うためには,ときとして依頼者さえ疑うことが必要というパラドクスです。

  • 月の土地販売について雑感 補足

     以前から,月の土地問題は,閲覧回数の多い記事なのですが,イベントがらみのプレゼント需要に関連してか,最近再び上昇しているので,補足情報を入れておきます。

    1 基本の基
    1-1 所有 「所有」(大きくいえば財産権)制度は,地球の中でも国によっていろいろと制度が違っていて,動産にしろ不動産にしろ,だれが,どうやったらそれに関する権利を取得できるのか,また,二重所有権のトラブルはどのように解決するのか,という諸問題は,それぞれの国の民事法によって,細かい取り決めがされています。
     要するに,「所有」という概念は,そのような所有権を守るための法制度(ルール)のない所にはあり得ないわけです。
    1-2 領有 国がある一定の地域に対して,自国法の適用を主張して現実に占有した場合,それを他の国が認めてくれれば,「領土」となります。
     隣接国がそれに反対すれば「領土問題」が起きます。我が国でも過去のいろいろな経緯から,多くの領土問題が起きています(領海についてはさらに状況が複雑なので,ここでの記述は,領土の点に絞ります)。
     前記1の通り,「所有」のあり方は法制度によるので,日本国領土については,日本国法に従って,日本国民が所有できます。
     外国に関しては,その外国のそれぞれの法に従って,人や法人が所有できるかできないか決められます。
    1-3 まとめ・出発点
     ここまでに書いたことが基本です。
     それでは地球外の土地についてはどうなのか・・・というのが「月の土地問題」の発端になります。
     この点については,宇宙条約月協定(Agreement Governing the Activities of States on the Moon and Other Celestial Bodies)があり…という話が言われているわけで,基本的には宇宙条約の批准国(United Nations Office for Outer Space Affairsによると195カ国だそうで,アメリカ合衆国・日本も含まれています)に関しては,この条約が生きている限り,地球外天体に領有権を主張することはありません。
     いずれにしろ,宇宙条約下では,日本が月の領有権を主張しないので,日本国民としては,日本の法律による所有権としての月土地所有権を保護されることはないわけです。

    2 ネット上に見るいろいろな誤解
    2-1 法律の適用範囲について
     基本の基でも書きましたが,「所有権」は法律制度上の概念なので,一定のルールを考察する場合は,そのルールの適用範囲の要素(場所,人,時期・期間,対象物など)を確定したうえで,議論することが必要です。このことはまず押さえておきましょう。この原則が分かっていれば,この問題についての認識をもっと深めることができると思います。
    2-2 無主物先占について
     法律用語でいうと,無主物先占は日本国民法239条1項で,「日本国領土内」に適用される「動産」に関する規定です。
     つまり,月の土地問題(日本国領土外)でこの概念が出てくる余地はありません。ちなみに所有者がない不動産(海底が自然に隆起して出来た土地・・・そのほかの例ってどんなのありますかねえ・・・)は最初から国のものです(同2項)から,クルージング中に領海内で新しい島を発見して上陸しても,個人的な所有権は認められません。海面の埋立などで土地を作った場合については,公有水面埋立法というルールがあります。日本国外でも,当然に,それぞれの国がそれぞれの内容で所有権を規律する法律制度をもっているわけです。
     事実上の先占がやがて所有権へと変化していく例は,たとえばアメリカ合衆国の黎明期や帝国植民地などで歴史的に見られますが,このことと,法律学上の無主物先占とは議論の位置づけが違います。
    2-3 登記について
     登記をしなければ土地所有権を「対抗」できないとしているのは,「日本」の「不動産」に対する取扱に過ぎないので(民法177条),月の土地問題で、現状ではこの概念は出てきません。また,登記(登録)をしなければそもそも「所有権」を取得しないという制度をもつ国(ドイツなど)もあります。ちなみにアメリカ合衆国の場合は譲渡証書の登録が対抗要件です(アメリカは宇宙条約批准国なので,月の領有権を主張せず,当然ながら月面土地の譲渡証書を登録する制度も設けていません)。

    3 現状に対する見解
     ネット上で多くの方が述べられているように,現状販売されている「月の土地」は,おそらくそのまま土地所有権に変化していく可能性は限りなくゼロに近いものです。中国版の月面土地販売(月球村事件・2005年)では北京市の工商当局が,投資関係法違反で営業停止・罰金の処分をした例(裁判でも販売業者が敗訴)がありますが,日本語版の某社サイトにも,「月に鉱物資源があれば土地所有者の利益になる」趣旨の記述が見られます。もし準拠法が日本法になるとすれば,おそらく消費者契約法4条1項に抵触して契約取消を主張できることになるでしょう。
     単なるファンタジー世界の話として受け止めるのであれば,取消云々のヤボな話はナンセンスということになりますが,かえって,月面を切り売りするという話に「ファンタジー」感をもつような感性は,正直どうよと思います。小ぎれいな紙切れの対価が一私企業の利益としてむなしく消えていくだけならば,むしろそれと同額をWWFユニセフへ寄付するほうがよほどよいと思います。残念ながら,日本の宇宙開発(JAXA)へ直接寄付することは現状できないようです。