カテゴリー: 法令

  • 年次有給休暇

     有給休暇制度は、個々の労働者ごとに一定の条件が備わった場合には、当然に付与しなければならない法律上の制度です。労働者との合意であっても、有給休暇を一切認めないことはできません。

     現行法では、6か月以上勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、勤続年数に応じた日数(最低10労働日)の休暇を与えなければなりません。短時間のパート勤務者でも、1週の所定労働日数が5日以上か、週の所定労働時間が30時間以上あれば、正社員と同じ扱いです。この基準未満の場合でも、所定労働日数に応じて正社員よりも少ない日数の付与をする必要があります。
     行政解釈では、休暇は1日単位で与えればよく、午前だけとか午後だけの指定に応じる必要はないとされていますが、会社側から任意に時間単位の休暇を認めるのは差し支えありません。ただし、時間単位での付与を認める場合は、労働者代表との間で協定を締結することが必要です。

     労働者から年休取得の要求があった場合には、使用者側から取得時期を別の機会に変えるように求めることはできます(時季変更権といいます 労基法39条5項)。しかし、この時季変更権は、やむを得ない場合にだけ行使すべきとされているので、むやみに変更を指示すると、違法な制限だとして無効を主張される可能性があります。従って、どうしても代替人員が確保できない事情がなければ、基本的には労働者の申し出通り認める必要があります。

     特に、国際的に、日本の「過労」が取りざたされ、その議論のなかで年休取得率が低いことが労働者団体側から問題にされたため、「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(平成17年改正前は労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法)」という法律が作られています。この法律は、事業者に年休を取りやすい環境を整備する義務を規定しています(2条)。平成20年にガイドラインも改訂されています。

     罰則規定はありませんが、会社の業務の品質は、システムとそれを運用する人材によって決まります。
     品質が落ちるとクレーム対応などで、生産性・収益性も下がります。
     従業員が働きやすい環境を作ることは、人材の確保のためにも企業戦略として重要ですので、従業員のワークライフバランスには経営者として、配慮を欠かさないようにしたいものです。

  • 労働法 就業規則と労使慣行

     自社の就業規則を事業所開設以来、一度も改定したことがない経営者はどのくらいいらっしゃいますでしょうか。

     就業規則は、法的観点からすると、大変あいまいな立ち位置の文書でして、かつて、最高裁判所まで効力が争われたことがありました。

     著名事件の一つは、役職者に対して定年制を規定していなかった会社が、対象者の入社後に定年制を採用した場合、定年制になる前から主任であった当該対象者の同意がなくてもこの定年制規定を適用して良いかという内容でした。
     地裁は、定年制を適用できないと判断しましたが、高裁・最高裁はいずれも、「就業規則は、従業員の同意なく変更でき、変更後の規定が合理的であれば、同意しない従業員にも適用できる」と判断しました。
     もう一つの事件は、懲戒解雇の定めを追加した新しい就業規則を従業員に周知しないままになっていたのに、変更後の規定に基づいて懲戒解雇を適用した場合、その解雇が無効かどうかという内容でした。こちらは、同意なく変更できても、周知していなければ、個々の労働者の同意なく適用できないと判断されました。その他、就業規則の変更については、多くの裁判例があります。
     これらの最高裁の理屈は、労働契約法が制定された際に条文に取り入れられました。
     まず、(1)労働契約は、労働者及び使用者が「合意」することによって成立し、変更されます(労働契約法6条、8条)。すなわち、あくまでも「合意」が大前提であって、就業規則に書けばいつでもそのとおりになるというわけではありません。
     次に、(2)労働契約の「際に」、就業規則を労働者に「周知」させていれば、その内容が契約内容・労働条件になります(7条)。あくまでも「周知」が大前提であって、就業規則なんか見たことがないという社員がいるようでは、労働条件が周知されているとはいえません。可能であれば、社員手帳を発行して就業規則を掲載しておくことまで必要かと思われます。
     そして、ここが大事ですが、(3)原則として、労働者との合意なしに就業規則を労働者の不利益に変更してはいけません(9条)。すなわち、同意なく変更できるのは、例外的な場合に限られるということです。そして、その例外要件は、次のように概括的に記載されていますので、具体的なあてはめについては、慎重な検討が必要です。

      就業規則の変更が、
     労働者の受ける不利益の程度
     労働条件の変更の必要性
     変更後の就業規則の内容の相当性
     労働組合等との交渉の状況
     その他の就業規則の変更に係る事情
      に照らして合理的なものであるとき

     権利義務を規定する法的文書は、現実に一致していないと、いざというときの役に立ちません。労使慣行の実態と合わない就業規則を放置していると、他の有効な条項まで無効だと言われかねないので、実態に合うように常時見直すことが必要と思われます。

  • 労基法 賠償予定の禁止

     社員を留学に出して、新分野の開拓をやってもらおうと期待していたら、帰国した直後に退職して競合他社へ転職してしまった・・・
     資格試験の取得を金銭面・時間面でサポートして、会社の為に働いてもらおうと思っていたのに、合格したとたんに退職された・・・

     さて、こんな問題が起きないようにするためにはどうしたらいいでしょうか。
     もちろん、会社をずっとそこに居たいと思ってもらえるような魅力ある環境にすることがベストの答えですが、ここでは、ひとまずそれを置いておき、法的にはどのような可能性があるのか検討してみます。

     まず考えつくのは、雇用期間を長期にして、転職を防ぐ考えです。しかし、労働契約の期間は日本では原則最長3年(例外的に専門職・高齢者で5年)に制限されているので、それ以上の長期拘束はできません(特定プロジェクトのための雇用という方式はあり得ますが、あまり一般化できません)。

     次に、掛かった費用を記録しておいて、一定期間・内容で会社に貢献しないときに、会社が被った損害として、一定額の賠償を予定する方法が考えられます。しかし、この方法は、労働基準法16条により、労働契約の不履行を理由として違約金や損害賠償を予定することを禁止されている点で、問題を生じます。これに類する事例としては、
    ・早期退社の場合に、未払い給与・賞与から一定額を控除すると定めること
    ・勤続年数に応じて支給すると定めた退職金について、留学・合格等の後一定期間を経過しない退職者には支給しないこと
    ・退職後同業他社へ就職したときは退職金の全部または一部を返上すると約束させること
     などの多くのパターンが考えられますが、どれも違法・無効となる可能性が高いものです。

     また、上記の通り労働契約で拘束できないうえに、そもそも、仮に会社の損害があったとしても、裁判上、それを立証することは非常に難しく、不法行為に基づく賠償請求は非現実的です。

     以上の問題を回避するため、社員に対する援助を貸付としておいて、一定の期間会社に残らなかったら、返済してもらい、一定期間経過したら免除するという契約を交わしておくことが考えられます。このような方法による場合は、有効になるとされた事例もあります。ただし、貸付の返済という形を法律違反にしないためには、留学などの利益供与が、その社員の個人的な利益にもなることや、帰国後の就労期間をあまり長期にしないことなどの、細かな配慮が必要になってきますし、税務会計上も給料との区分や免除益課税の配慮等が必要となります。
     
     賠償予定の禁止に関しては、数多くの裁判例がありますので、社内規程作成にあたっては、それらを斟酌してよく検討しておくべきでしょう。