カテゴリー: 労働問題

  • 給料からの控除、原則・例外

     労働者の賃金(給料・給与)は、・支給対象期間の分を・支払期日に・全額もれなく・支払わなければなりません(労基法24条)。
     全額払いの原則については、法律が決めている例外と、労働者との約束によって決まる例外とがあります。
     法律上の例外は、所得税・住民税の源泉徴収・社会保険料控除・財形貯蓄控除です。
     それ以外のもの、例えば、社内貸金・購買の代金、社宅・寮の家賃・食事代、社内預金、労働組合費等の控除については、労使協定や労働協約が必要ですが、個々の従業員の同意がなくても控除は出来ます。
     他方、労働者の同意を得ずに、会社が当該労働者に対して有する損害賠償請求債権を、当該労働者の給与や退職金から控除すると、就業規則等で定めてあったとしても、労働基準法違反として無効とされる可能性が高いです。
     ちなみに、懲戒処分としての給与減額は、一回あたり平均賃金の一日分の半額まで、総額で月給の十分の一までと制限されています(労基法91条)。
     その他、例えば1円未満の単位を切り捨てたり、時間給の最小単位分を切り捨てたりすることについては、逐一従業員の同意を得る必要はありませんが、大幅な不利益変更となるケースでは、無効になる可能性もあります。
     これ以外に、いわゆる「調整的相殺」が認められるかどうかが問題とされたことがあります。
     調整的相殺とは、なんらかの事情で、過去に支払い過ぎになっていた給料分を、その後に払われる給料から差し引いてもよいかどうかという問題です。これについては、賃金の全額を払うという趣旨が、労働者の生活安定を考慮したものであることから、実支給額が名目額よりも著しく低くなってしまわないように注意する必要があり、調整を必要とする事情が判明したときから、間を置かないで、該当者に事前に予告して控除する場合には違法にならないとされています(判例)。
     問題は、どのくらいの金額までならば控除できるのかという点ですが、これについては過去の裁判例を見てもはっきりしません。法律上の定めがないので、実際上は、間違って払いすぎた過去の給料分の減額であっても、対象となる従業員に個別の同意をとってから控除するのが実務上は相当と思われます。

  • 業務上の失敗をした従業員に対して会社が損害賠償を請求・求償できるか

     
     たとえば、従業員が会社の自動車で営業のために取引先を訪問した際、誤って相手の事務所建物に接触して建物を壊してしまったとします。このとき、相手方は、その事故を起こした従業員に対してはもちろんですが、業務上の出来事ですから、従業員の勤務先に対しても損害賠償を請求することが出来ます。

     このように、従業員(被用者)の不始末に対して、会社(使用者)が責任を負わなければならないことがあるのは、使用者責任(民法715条1項「ある事業のために他人を使用する者は,被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし,使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき,又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは,この限りでない。」)という規定があるためです。
    この規定で、「相当の注意」という免責条件がありますが、この条件の解釈は裁判例上、使用者側にとって厳しい内容になっているので、免責されることはほとんどないと考えて良いでしょう。

     そこで、会社(使用者)が、相手方(第三者)に対して、建物の修理代などを賠償したとします。民法715条3項では、「求償」といって、実際に事故を起こした従業員(被用者)に対して、会社が賠償を請求することができるとされていて、労働基準法や労働契約法に反しない限り、会社が従業員に対して損害賠償を請求し、これを受領することは可能とされています。

     ただし、注意しなければならないのは、「修理代全額」を従業員に賠償させること(会社の負担をゼロにすること)は一般論としてはできないと考えておく必要があることです。
     これはなぜかと言うと、使用者は被用者を使って、自らの事業を拡大して、一人では出来ないことをやってもらう代わりに収益を上げていることから、そこから生じる危険は一定の範囲で自ら引き受けるべきであること(「報償責任原理」といいます)や、純粋に従業員の個人的活動上での事故ではなく、会社の業務に関係するものであれば、公平の観点から見て、従業員だけの責任にするべきでないことなどが理由として挙げられます。

     最高裁判所で問題とされた事案には、タンクローリー運転手が路上で事故を起こし、会社が相手方へ賠償金を支払い、その後、会社が運転手に対して、相手に払った賠償金と同額を請求したというものがあります。
     最高裁は、事業内容、規模、労働条件、勤務態度、事故の内容・程度などを総合的に考慮して、損害を公平に分担するとの観点から、賠償額の4分の1だけを運転手の負担としました。この4分の1という数字は、事案によって変わる可能性がありますから、いつでも4分の1までは当然に請求できるということではありません。

     裁判上の判断の基準は、上記のとおり「総合的に考慮する」との内容であるため、その後の裁判例を見ても、どんな条件のときに何割くらいの負担を求めることができるのかという、具体的な判断予測をすることは今なお比較的難しいように思います。

     実際の事故発生時には、事故を起こした従業員とよく話し合って、労使双方が納得できる数字での合意をする必要があります。ちなみに、賠償金相当額の給料からの天引き・相殺は、労基法違反になりますので、別途現金で徴収するか、従業員に任意に控除依頼書を提出させるなどの方法をとる必要があります。

    労働問題参考文献リスト

  • 社内での私用メールなど

     電子メールは,取引先との連絡,社内での伝達事項,資料の授受などさまざまな用途で使われ,社員に会社のドメインを付したメールアドレスを与える企業が一般的となってきています。そうした中で備品のコンピューターの私用や社員の私用メールをどのように規律するかという問題が生じます。
     まず,パソコンは会社の所有物であって,通信費,電気代等の負担もしているので,就業規則等で,私用を一切禁止することができます。そして,これに違反した場合,懲戒処分の対象とすることもできます。また,たとえ就業規則等に禁止規定がなくても,社員は,労働契約に基づいた職務専念義務を負っていることから,企業が用意した業務用機器(パソコンに限らず、コピー・FAXその他の機器も含みます)を私的な目的で利用することは控えなければなりません。
     ただし,業務用機器の私用を理由とした懲戒処分をする場合には,私用の態様,程度によって,職務遂行の妨げとなるか,会社の経済的負担は大きいか,会社の対外的信用に影響するものか,等を考慮し,相当程度に責任が重いといえるものでなければなりません。裁判例では,私用メールについて社内規定がない場合に,1日の送受信が2通程度であったことなどを考慮し,職務遂行の妨げにならず,会社の経済的負担も極めて軽微である場合には,必要かつ合理的な限度の範囲内で,社会通念上許容されるものとして職務専念義務違反とはならないとしたもの(グレイワールド事件)もあります。
     次に,私用メールの有無,程度を確かめるために,社員の電子メールを閲覧(モニタリング)することが,社員のプライバシーを侵害しないかにも注意しなければなりません。たとえ私用メールを禁止していたとしても,電子メールの調査は,個人情報の取得ともなるもので,どのような方法で調査してもいいということにはならないと考えます。私用メールについての監視,調査権限が規則等で規定されていない場合,または,規定されていたとしても,社員に周知されていない場合には,権限が規則に定められている場合に比して,社員のプライバシー保護の期待や必要性は高いと考えられます。そして,監視,調査がプライバシーの侵害に当たるかは,監視,調査の方法が社会通念上相当な範囲を逸脱していないか,監視者は適当な権限を持つ者であるか,監視の必要性があるか,個人の恣意的な目的によってなされていないか,等を考慮して判断されることになります。
     以上を踏まえて,トラブルの発生を避けるためには,就業規則等で,業務用機器の私用を禁止し,必要な場合には責任者が監視,調査することを明記し,社員に周知させるようにすることが大切です。