カテゴリー: 労働問題

  • 解雇権濫用法理

     解雇は、使用者側からの、労働契約関係の解約です。

     使用者側からの解雇は、民法ではなく労働契約法労働基準法によって規制されています。前回説明したとおり、解雇予告の制度が適用されるほか、労働契約法16条により「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定められていて、これがいわゆる「解雇権濫用法理」という、過去の裁判例の積み重ねによって認められている労働者保護の仕組です。

     以前の記事では、「懲戒権」行使や、「セクハラ・パワハラ」に関する懲戒解雇問題などが関連していますので、ご参照下さい。

     解雇をめぐる裁判例は非常に多く、まさにケースバイケースの判断です。
     おおまかな分類をすると、「整理解雇」については、会社の経営努力を尽くしても人員削減がやむを得ないかどうか、「懲戒解雇」については、当該従業員を解雇しなければ会社の業務継続に重大な支障が生じるかどうか、という視点から判断することになります。

     いずれの場合にも、従業員の意思に反して解雇することは、会社側に法的リスク(後に解雇無効を主張されたり、地位確認の仮処分を起こされて、賃金の仮払いを命じられたりする)を発生させますので、解雇に当たっては、事前のリーガルチェックをお勧めします。

     参考までに、労働者側からの労働契約の解消(退職)について。
     労働者側からの退職は、契約期間の定めがない場合、2週間の予告期間を置けば、民法上ではいつでも(何の理由もなく)出来ます。つまり、特にいつまでという約束をしないで労働者を雇用した場合、2週間後に辞めますと言われると法的にはこれを阻止する手段が原則的にありません。2週間では短すぎて困るという場合は、労働契約か就業規則で退職予告期間を定めておく必要がありますが、あまり長い期間を設けることは労働者に不利なものとして無効になる可能性があります。

     最近では、一部のいわゆるブラック企業(企業自体が違法な行為を事業としていたり、労働条件が劣悪な企業)では、労働者からの退職届を受理せず、退職させないで働かせる、辞めないように威圧する、という事例があるのですが、法的には、意に反する強制労働として違法であり、場合によっては損害賠償請求されるおそれがあります。

  • 解雇予告手当

     労働基準法によって、解雇の30日前に予告するか、または30日分以上の平均賃金(予告手当)を支払って解雇するかを選択しなければならないことはご承知のことと存じます。
     なお、予告日数は、1日分の予告手当を支払うことで、短縮できますので、例えば、15日分の予告手当を払って、15日前に解雇予告することは可能です。要は30日分の猶予は最低必要ですよということです。

     この義務に違反した場合、使用者は6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます。
     また、裁判を起こされると、予告手当の未払金の他に、それと同額の付加金(要は倍払いの義務)が課されることがあります。

     問題は、解雇予告の日数や予告手当の支払い額が解雇日までの分に対して不足した場合に、その解雇は無効になるのか、それとも、一定の条件が整えば有効になるのかという点です。

     この点については古い最高裁判例があり、「使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り、通知後、30日間を経過するか、または通知後に予告手当の支払いをしたときは、解雇の効力がある」と判断されています。
     この事案では、予告手当を払わずに解雇し、その後労働者から未払給与支払い等の裁判を起こされましたが、解雇通知から8か月後に、解雇予告手当と支払日までの利息を支払ったというものでした。

     最高裁判例によれば、解雇通知を出す時点で、解雇日まで30日を切っている場合であっても、通知の日から30日が経過したら解雇の効力があり、その場合には、30日分の平均賃金を支払わなくてもよい(解雇の効力発生までの間の分は未払い賃金部分になります)。また、後日に不足日数分と遅延損害金(年14.6%)を支払えば解雇は有効になるわけです。裁判所の判決で言渡があるまでに必要な支払いを完了すれば、上記の付加金が認容されることも、ほぼありません。
     これはかなり使用者側に有利な解釈となります。

     しかしながら、解雇には、「正当な事由」が必要とされていますので、どんな場合でも、解雇予告さえ支払えば理由なく即時解雇できるというわけではないことに注意が必要です。詳しくは次回に解説致します。

  • 退職の意思表示について

     今回は、始めに、裁判になった実際の事例を示します。

     事例(最高裁判所第3小法廷昭和62年9月18日判決)
     Aさんは、同期入社のBさんと某政党の班会議を組織して、会社に秘密にして活動をしてきたところ、組織からの脱退を考えたBさんが失踪してしまいました。
     会社の人事課担当者が、Bさんの無断欠勤についての事情調査をしたところ、Bさんのお父さんが、失踪前日にAさんがBさんの自宅を訪問したことを話しました。会社は、Aさんに事実を確認しましたが、Aさんは訪問を否定しました。しかし、人事課担当者がBさんのお父さんにAさんの写真を見せたところ、間違いないというので、人事課担当者がBさんの部屋を調べたところ、某政党関係の資料が多数見つかりました。
     そこで、会社は、Aさんに再度の事情聴取をしたところ、AさんはBさん宅訪問の事実を認めて、隠していたことを謝りましたが、某政党との関係は秘匿し、Bさんの失踪原因や行方に心当たりはないと答えました。会社は、Aさんに「B君の失踪事件に関するお詫び」と題して「他に隠し事はありません。Bさんの失踪とは無関係であることを誓います。偽りがあった場合はいかなる処分も甘受します。詫び書きの内容に偽りがあったことがわかった場合は会社の処分を受ける前に、潔く自分から身を引きたい。」という内容の文書を作成させました。
     会社は、その文書を作成させた翌日、Aさんに某政党の資料を示し、Bさんの失踪との関係につき再度追及したところ、Aさんは政党の活動を秘密にしていたことを「偽り」にあたるとされても仕方がないと考えて、その日に人事部長にいったん退職届を提出しました。しかし、Aさんはその次の日、やはり退職はしたくないから、届けを取り消すと人事部長に申し入れました。人事部長はこれを拒絶しました。
     以上が事件の流れです。

     地方裁判所は、退職の意思表示が真意ではなかったので無効であると判断しましたが、高等裁判所は退職の意思としては真意であって有効であるけれども、退職届は人事部長のところまでで止まっており、会社としては退職の承諾まで決定していない段階だったと判断して、退職の撤回を認めました。

     さて、いかがでしょうか。人事部長が退職届を受け取ったら、その時点で会社としても退職を認めたと考えるほうが自然だとは思われませんか。
     
     最高裁判所ではその点が問題とされ、「人事部長に退職届受理の権原がないとか、退職届を受け取る際に単に預かるだけと示したような特別の事情がない限り、通常は人事部長受理の時点で退職が承諾されたと解される」と判断されました。
     このように、退職届の受理という単純な問題であっても、本人の意思を確認し、承諾の有無をはっきりさせておかないと、思わぬ紛争になり、しかも裁判所によって判断が違ってくるという困った問題になることがあるのです。

     いろいろな物事を法的に合意するためには、講学上、「勧誘」「申込」「承諾」の3つのステップがあると言われています。

     勧誘とは、申し込みしませんかと誘うことです。退職でいえば、「退職勧奨」「退職募集」などですね。

     申込とは、契約をしたいという自分の意思を相手に伝えて、相手の承諾を求めることです。退職で言えば、退職への応募とか退職届の提出ということになります。

     承諾とは、相手の意思を確かめて、こちらの希望する契約内容と合致していれば、合意成立を了解するということです。退職でいえば、退職届の受理とか、退職手続の開始ということになります。
     これらのうち、申し込み・承諾の内容が具体的にどうだったのかが明確になっていないと、「言った言わない・決めた決めてない」のやっかいな紛争となって現れてくることになります。

     何事も、きちんと相手の意思を確かめて、当方の意思を明示するということが法律の世界では重要になってきます。