カテゴリー: 労働問題

  • 労基法 賠償予定の禁止

     社員を留学に出して、新分野の開拓をやってもらおうと期待していたら、帰国した直後に退職して競合他社へ転職してしまった・・・
     資格試験の取得を金銭面・時間面でサポートして、会社の為に働いてもらおうと思っていたのに、合格したとたんに退職された・・・

     さて、こんな問題が起きないようにするためにはどうしたらいいでしょうか。
     もちろん、会社をずっとそこに居たいと思ってもらえるような魅力ある環境にすることがベストの答えですが、ここでは、ひとまずそれを置いておき、法的にはどのような可能性があるのか検討してみます。

     まず考えつくのは、雇用期間を長期にして、転職を防ぐ考えです。しかし、労働契約の期間は日本では原則最長3年(例外的に専門職・高齢者で5年)に制限されているので、それ以上の長期拘束はできません(特定プロジェクトのための雇用という方式はあり得ますが、あまり一般化できません)。

     次に、掛かった費用を記録しておいて、一定期間・内容で会社に貢献しないときに、会社が被った損害として、一定額の賠償を予定する方法が考えられます。しかし、この方法は、労働基準法16条により、労働契約の不履行を理由として違約金や損害賠償を予定することを禁止されている点で、問題を生じます。これに類する事例としては、
    ・早期退社の場合に、未払い給与・賞与から一定額を控除すると定めること
    ・勤続年数に応じて支給すると定めた退職金について、留学・合格等の後一定期間を経過しない退職者には支給しないこと
    ・退職後同業他社へ就職したときは退職金の全部または一部を返上すると約束させること
     などの多くのパターンが考えられますが、どれも違法・無効となる可能性が高いものです。

     また、上記の通り労働契約で拘束できないうえに、そもそも、仮に会社の損害があったとしても、裁判上、それを立証することは非常に難しく、不法行為に基づく賠償請求は非現実的です。

     以上の問題を回避するため、社員に対する援助を貸付としておいて、一定の期間会社に残らなかったら、返済してもらい、一定期間経過したら免除するという契約を交わしておくことが考えられます。このような方法による場合は、有効になるとされた事例もあります。ただし、貸付の返済という形を法律違反にしないためには、留学などの利益供与が、その社員の個人的な利益にもなることや、帰国後の就労期間をあまり長期にしないことなどの、細かな配慮が必要になってきますし、税務会計上も給料との区分や免除益課税の配慮等が必要となります。
     
     賠償予定の禁止に関しては、数多くの裁判例がありますので、社内規程作成にあたっては、それらを斟酌してよく検討しておくべきでしょう。

  • 内定・試用期間

     今回は採用と内定試用期間についてです。

     労使関係は契約に基づくものですので、大原則は「契約の自由」であり、企業側から見れば「採用・不採用の自由」です。

     従って、本来的に、採否を求職者へ通知する際に、採用・不採用の理由を示す必要は特段ありません。「諸般の事情を総合的に考慮して」決めればよいわけです。ただし、その理由が、人種差別や性差別に由来するようなものであると、違法性の問題は残ります。

     採用・不採用の適否が直接問題になる場面はほとんどありません(求職者も不採用になれば次を探すのが通常でしょう)が、採用内定という段階まで来てから、内定を取り消す場合に、問題が起きる可能性があります。

     大日本印刷事件では、一定の内定取り消し条件に当てはまったら、内定を取り消すという誓約書を作成しており、そのうちのある条項に該当するとして、内定を取り消しましたが、最高裁は取消を認めませんでした。この件やその後の裁判例を見ますと、採用内定は正式採用とほとんど変わらない意味を持つものと解釈されていますので、内定だからといって、理由なく取り消せるわけではないことに注意してください。

     次に、正式採用までの間に一定の試用期間を設定することがあります。内定について述べたとおり、内定ですら理由なく取り消せるわけではないので、正式採用ではないとはいえ、試用期間中あるいは試用期間満了時に雇止めをすることに対しては、基本的に「解雇権濫用制限法理」が適用されることになります。

     以前にお伝えしたように、中国では労働契約期間に応じて試用期間の制限があり、その制限を超えたら、雇用継続するかどうかを必ず決めないといけないのですが、日本の場合には、試用期間を設定することは認められているものの、その期間や雇止め条件について、現在のところ、何も規定がありません。そのため、実務上は、微妙で難しい問題が生じます。試用期間が慣行に比べて長すぎる場合(一般には3ヶ月程度までとされているようです)や、不当労働行為・権利濫用などにあたる場合などには、試用期間設定そのものが無効になる可能性もあります。

  • 労働条件提示の注意点

     今回は、労働者の募集のときに注意が必要という話です。

     一般的には、募集広告を出して、採用試験・面接を経た上で、採否を決定するという流れになります。

     現状では、主にいわゆる買い手市場であり、主に使用者側が人材募集をして、それに応募してきた者のなかから選抜して採用するという流れになっています。これと逆に、求職者が自分の就労条件を広告し、使用者がそれに対して採用を申し入れて、求職者がそのうちから自分の勤務先を選択するという売り手市場のルートもあり得ます。いずれにしろ、重要なのは、労働条件の提示が、単なる募集広告であって、採用時点までに変わる可能性があるのか、それとも、労働条件の提示は確定的なものであって、採用時点までに変更は予定されないのかという点です。

     例えば、企業側から募集した場合に、募集広告の内容は原則として単なる例示(申込の誘引)であり、採用時に広告と別の内容を提示しても、労働者側がそれで了解(申込)すれば、変更後の内容での労働契約関係が成立すると考えられます(労働関係上の合意に関しては、こちらの記事も参考になります)。この点労基法15条2項は、条件相違の場合の労働者側からの即時解約権を認めていますが、広告時と違う条件で労働契約を締結したことを労使双方が了承していれば、即時解約の適用は原則としてありません。他方、労働者側からの売り込みに対して、企業側が提示する就労条件は、原則としてその内容での確定的な労働契約を締結する意思を伴うもの(申込)となり、労働者側がそれで承諾すれば、労働契約が成立します。

     微妙な問題で多少わかりにくいかもしれません。しかし、このことは実際上にも大きな意味を持っています。
     たとえば、企業が職業安定所に求人を出す場合、いろいろと細かな条件設定を求められることが多いのですが、それで募集した人材に対して、その相手の自由な意思に基づく同意さえあれば、求人条件と違う内容を提示して、労働契約を締結することは可能です。もし、職安に出した募集条件が確定的な労働条件提示だとすれば、それに反する内容を含む一切の労働契約締結が違法になり、即時解約権が生じるはずなのですが、過去の裁判例上からは、職安への募集条件提示や求人広告掲載は、単なる勧誘文句にすぎず、結果的に実際に締結された労働契約と内容が異なっていても、直ちに違法とまでは言えないと判断されているのです。

     もっとも、職安やタウン誌等への求人広告内容は、労働者側からみれば、その条件で働けるはずという期待を持たせてしまうものですし、実際に、募集条件と、勤務実態とが違うという法律相談や使用者への苦情が非常に多いことからすれば、募集広告内容は、よくよく吟味して、労基法15条に明示義務はあるものの、多少とも無理のないところで幅を持たせた表現にする等の調整をしたうえ、労働者には雇用時に、きちんと労働条件通知書を交付しておくことが必要かと思われます。