カテゴリー: 企業法務

  • 示談書の書き方について

     示談書の目的は、一定の紛争状態について、当事者が一定の合意をして、その紛争を「完全に」終了させることです。
     そのため、①紛争を完全に終了させない合意書は、「示談」というより、「覚書」「確認書」というべきであり、②「示談書」である限りは、どの範囲の紛争に適用するのかを厳格に特定する必要があります。

     示談書の内容を順に検討してみましょう。

    1 タイトル
     「示談書」「和解書」「合意書」いずれでも結構です。ただし、上記の通り、中間的な合意は「覚書」「確認書」と表現されることがあるので、最終の合意であることを示す意味では、「示談」「和解」のタイトルがよいです。

    2 頭書き
     示談書に署名する当事者を列挙して、それらの者の間の合意であることを確認します。その際、主に権利を主張する側を甲、義務を負う側を乙とし、その他の関係者には、順次丙・丁(ヘイ・テイ 普段使うのはせいぜいここまで、以下・戊・己・庚・辛・壬・癸 ボ・コ・キョウ・シン・ジン・キ と続きます)と符号をつけると後の記述が楽です(ただし、混乱して表示を間違わないようにしましょう)。

    3 各条項
    (1)案件の特定
     まず、その示談書が何の解決のために作られたのかを明示します。事件・事故の場合は、5W1Hで、対象を具体的に特定します。
     この特定が重要なのは、最終条項で、「本示談書に定める条項のほか、本件に関し、当事者間に一切の債権債務のないこと」を確認するときに、「本件」として引用されるためです。
     たとえば、当事者甲・乙の間に、全然別のA事件とB事件があって、それぞれ紛争になっている場合、A事件の示談書で、「・・・条項のほか、当事者間に一切の債権債務のないこと」と記述して「本件に関し」の部分を書かないでいると、最悪の場合、B事件のほうもその示談書で解決済みと扱われても仕方がありません。そのため、「本件に関し」を入れるか入れないか、よく考えて決定する必要があります。

    (2)権利の行使条件
     示談書は、単なる当事者間の約束事に過ぎず、公正証書にしない限り、裁判なしでは強制執行ができません。また、公正証書にした場合であっても、強制執行できるのは金銭給付請求部分のみであって、建物の明け渡しや、物の引き渡しを強制することはできません。
     内容があいまいであったり、違法が含まれていたりして、公正証書にできないようなレベルの示談書を作成してしまうと、後に違約があった場合の対応措置が制約される危険性があるので、権利義務の内容や、行使の要件などは、民法・商法・会社法その他の法令に適合し、かつ一義的に特定できるように記述し、誰から見ても同じ意味での解釈をされるように留意する必要があります。

    (3)違約時の対処
     違約があったらどうするかを事前に完全にカバーすることは結構難しい問題です。しかし、合意なしに法的に主張できる制裁手段は非常に限られているので、話し合いができるうちにできるだけ有利な条件設定をしておくことは有効です。

    (4)包括的清算条項
     「示談書」完成時点では、原則として、当事者間のすべての債権債務関係の清算が合意されている必要があります。一般には、「相互に請求を放棄」「その他の債権債務なし」の二つのセンテンスで権利関係をリセットします。

    (5)日付・署名
     日付は原則として作成日です。持ち回りなどで署名時期がずれる場合は、最後の日とすればよいでしょう。
     日付を遡らせることは可能ですが、当然合意が必要ですし、具体的な状況次第では遡らせることに意味がなくなるケースもあるので、事実と違う記述をするのはあまり好ましくありません。
     示談書は最終合意で基本的には変更不可のものなので、慎重を期するためには、きちんと当事者が面談をして、その場で自署・捺印を確認するのが原則です。代筆や印刷では、後日信用性を争われた際に反証が難しくなる可能性もあるので、自署にしましょう。

    (6)その他
     契約ですので、各自1通づつ原本を持つのが原則です。ただ、印紙税の節約のために、一通だけを作って、債務者にはそのコピーを控えとして渡すという方法もあります。

     合意書のなかでもっとも難しいのは、上記(2)の書き方です。これは、法律の体系をきちんと理解していないと、正確な記述をするのが難しい部分ですから、示談前に専門家にチェックを依頼していただくほうがよいでしょう。

  • 不正競争防止法19条で保護されるケース

     不正競争防止法は,需要者の間に広く認識されている商号,商標等(以下,「商品等表示」といいます。)について,同一のものや類似しているものを他人が使用することを禁止し,周知された著名表示を保護しています。事業者間の公正な競争を確保するためです。その結果、特定の商品等表示の使用を,誰か特定の人や会社に独占させることになります。
     他方、このように特定の商品等表示の使用を特定の人や会社に独占させることは,他人の事業活動を著しく制限することにつながりかねません。
     そこで,不正競争防止法は,例え需要者の間に広く認識されている商品等表示であっても,一定の場合には,誰でも自由に利用することができると定めています。

     今回は,その代表的なものとして,以下の3つを紹介します。

    1「大阪」は誰のもの?~普通名称・慣用表示~
     不正競争防止法は,「普通名称」や「慣用表示」については保護の対象外とし、誰でも自由に利用できるとしています。普通名称や慣用表示はいわば公共の財産ですので,特定の人や会社に独占させることは妥当ではないからです。
     例えば,「泉佐野」で,泉佐野クリニック,泉佐野不動産,泉佐野クリーニング,泉佐野鮮魚店がそれぞれ営業している場合に,仮にいずれかが全国的に有名になったとしても,「泉佐野」という商号をその人に独占させることがいかに不都合かを考えてみると分かりやすいと思います。
     もっとも,何が普通名称か(逆にいえば何が「固有名称」か)の判断は困難な場合もあります。例えば,「正露丸」は,最初に「征露丸」という名前で発売された整腸薬の名称でしたが、同様の製品がいくつかの会社から「正露丸」の名称で長年販売され続けたために、裁判所においても、固有名称から普通名称に変化したと判断された代表例です。普通名称か固有名称かで結論が大きく変わりますから,商品等表示がどちらであるかは非常に重大な問題といっていいでしょうが、その判断はなかなか微妙なところがあります。

    2 私の名前ですが?~自己の氏名~
     不正競争防止法は,自己の氏名については不正な目的でなければ誰でも自由に使用することができるとしています。自己の氏名を使用することができなければ個人が営業主体の場合にその特定性に不都合をきたすことや、自己の氏名を使用することはいわば人格権の行使であってこれを制限することは妥当ではないことが理由とされています。
     古川さんが開業しようという場合に,古川という自分の名前を使用するのは当然のことですし、仮に「古川」という商品等の表示がすでに全国的に有名になっていたとしても,それに便乗しようという不正な目的がないのであれば,全国の古川さんは自分の名前である「古川」を自由に使えるべきだという考えは常識にも合致するところでしょう。

    3 先に使ったもの勝ち?~先使用の抗弁~
     不正競争防止法は,特定の商標等表示が著名となる前から当該商標等表示を継続的に使用していた者は,不正の目的でなければ,当該商標等表示を自由に使用することができるとしています。これを「先使用の抗弁」といいます。当該商標等表示が継続的に使用されると社会生活上で、一定の信用力,識別力が備わり,いわば既得権として保護する必要が生じるためです。
     例えば,山之内さんが小学生時代のあだ名だった「ヤンマー」を商標にして、家電製造販売の事業を開始したとします。その事業はそれほど軌道に乗らず,長年経営しながら「ヤンマー」の認知度は極めて低いままでした。その後,他の会社が「ヤンマー」という商標を用いて農業用機械販売の事業を開始したところ,その機械が爆発的にヒットし,「ヤンマー」の機械は全国的に有名になりました。この場合、山之内さんの家電製品を機械の「ヤンマー」製だと勘違いする需要者も出てくるかもしれません。しかし,それでも,山之内さんは,「ヤンマー」という商標を用いて事業を継続することができるのです。
     ただし、そのような場合でも、山之内さんが不正目的で「ヤンマー」の機械を作って混同防止の措置も取らずに販売すれば、違法になる可能性はあります。常に早い者勝ちというわけでもありませんので、注意は必要です。

  • 不正競争になる「類似・混同」

     一気に例を挙げます。

     不正競争の例「マンパワージャパン vs 日本ウーマン・パワー(同業種)」「ヤシカ(カメラ) vs ヤシカ(化粧品)」「NFL(衣類) vs NFL(家具)」「シャネル vs スナックシャネル」「シャネル vs ラブホテルシャネル」「ヨドバシカメラ vs ヨドバシポルノ」「東急(鉄道) vs 高知東急(タレント)」「VOGUE(ファッション誌) vs ラ・ヴォーグ南青山(マンション)」

     不正競争でない例「リーバイス501 vs 505(同業種)」「泉岳寺(寺院) vs 泉岳寺駅(都営地下鉄)」

     実際の事件では、膨大な証拠資料と相互の言い分が文書で飛び交いつつ争われるので、焦点が見えにくいのですが、要は、商号や商標・意匠などによる他人のブランドイメージに、タダ乗り・悪乗りして利益を得ようとしたのか、それともたまたま似ているだけで、他人のブランドのイメージを利用する意図やブランドを侵害する可能性は全くないか、その違いが事実上の争点です。

     上記のうち、不正競争とされた案件は、名前があまりにも似ていたり(同じだったり)、販売方法や広告表示などがブランドにただ乗りするようなものだったり、実際に消費者・取引相手から混同したことで問い合わせが多発して業務に支障をきたしたり、風俗上のイメージでブランドの価値を著しく下げてしまうものだったりというものでした。
     なお、法律には「混同」と書いてあるので、シャネル事件のように、あの一流ブランドのシャネルがまさか場末のラブホテルやスナックを経営しているはずがないと誰もが考えるだろうという点をとらえれば、宝飾品ブランドとしての誤認混同がない以上、侵害にならないのではないかとの考え方もあります。
     しかし、最高裁は、不正競争防止法の「混同」概念には、ブランドがもともとしている営業との同一性誤認だけではなく、その他の業種であっても当該表示が使われた場合に一般消費者が受け取るイメージが模倣元のブランドに通じるところがあれば、侵害になりうると判断しています。

     他方、不正競争でないとされるケースは、上記の争点の判断で、似ているといえば似ているかもしれないが、その表示の使用によって、元のブランド表示が侵害されたり、あるいはブランドイメージにただ乗りして利益を上げようとするものではないとされたものです。

     以前にも申しましたが、他人の努力にただ乗りしないという道徳的ともいえる規範が「不正競争」という法律用語を通じて法規範になっている分野ですので、実務上はできる限り謙抑的な事業企画をするべきといえるでしょう。難しいことではありますが。。。