カテゴリー: 企業法務

  • 仮差押・仮処分(民事保全)とは

     前回に引き続き,法的手続きによる回収に関連して,民事保全の手続についてレポートします。

     裁判所の判決は,確定して初めて,その効力が発生するのが原則です。判決に「仮執行宣言」が付されていれば,確定しなくても預金や不動産の差し押さえの手続(強制執行)に進むことができますが,そうでないときは確定を待たなければ、そのようなことができません。
     裁判を起こしてから判決を確定させるまで、争いがない事件ですら3か月程度はかかりますし,相手方が徹底して争えば,最高裁まで上がって2~3年がかりになってしまうこともあります。そうなると,その裁判をやっている間に,相手方の経営状態が悪くなったり,返還や引き渡しを求めていた物品が処分されてしまったりすることがあり,せっかく判決をとっても意味がなくなってしまう危険性があります。

     そこで,「仮差押」「仮処分」という「民事保全手続」が用意されています。
     どちらも「仮」とあることからもわかるとおり,本裁判での判決が出る前に,あくまでも,「仮に」権利の実現を認めるという制度です。

     「仮差押」とは,判決が出る前に,相手が持っている預金や不動産等の「資産」を押さえておくことです。
     仮に押さえておくだけなので,差押(本差押といいます)と違って,仮差押の時点で現実に金銭を受け取れるわけではありません。処分されてしまわないように,原状維持を図るという制度です。もし仮差押中の預金や不動産が,他の債権者によって本差押された場合には,債権額に応じた按分額が供託される仕組になっていますので,一定範囲で債権回収が確保できます。

     「仮処分」とは,判決が出る前に,相手方が勝手に紛争の目的物を処分したり,価値を減らしたりしないように,処分を禁止するなどの命令をすることです。
     仮処分命令が出されると,権利関係は現状で固定され,相手方は自分の所有物であっても処分できなくなりますし,仮処分後の譲受人は権利主張できません。
     この仕組が使われるのは,物品の引き渡し(典型的には,賃貸不動産の解除明渡請求など)の場合です。
     たとえば,賃貸していた不動産の賃借人が賃料を払わないので,解除をして明渡を求めたとします。この明渡の裁判では,現にその建物を占有している相手方を特定しなければなりませんので,もし,最初の賃借人が,裁判の途中で勝手に第三者に又貸しをしてしまうと,その第三者を裁判の相手に追加しなければならなくなります。素性の分からない人が占有者として入ってきてしまうと,誰を相手に裁判すべきかわからなくなってしまい,判決をとっても,実際に明渡請求できなくなってしまう危険があります。
     そこで,「仮処分」の仕組を使って,賃借人が他の人に又貸ししたり,第三者を勝手に住まわせたりすることを,裁判所の命令によって禁止しておきます。そうすれば,裁判の相手方は仮処分時点での占有者に特定され,以後の占有者は当然に排除できるので,安心して最初の賃借人だけを相手に裁判をすることができます。

     上記のような「処分禁止の仮処分」のほか,「地位保全の仮処分」もよくあるパターンです。
     例えば,勤務先を解雇された従業員が,解雇は無効だとして会社を相手に裁判をする場合に,「労働者の地位」を失っていないことを「仮」の状態として裁判所に認めてもらいます。そして,それに基づいて,給料の仮払いを求めるというような使い方をします。
     また,会社等の団体の役員が不当に解任された場合に,役員の地位にあることを仮の状態として裁判所に認めてもらうというような使い方もあります。
     さらに,たとえば,右翼の街宣車が自宅や会社へ押し寄せてきて誹謗中傷を繰り返すようなケースや,暴力団がらみの恐喝事件などの場合には,「接近禁止,面談強要禁止の仮処分」といって,一定の禁止事項を裁判所から命令してもらい,違反した場合には一定の制裁金(間接強制)の支払いを命じるなどの手段によって,それらをやめさせるという使い方もできます。

     日本の法律では,裁判所を通さないで,相手の意思に反する行為をさせたり,自由や財産を奪ったりすることは「自力救済」と呼ばれ,正当防衛など限られた場面を除き,原則として違法行為になります。たとえば、家賃を滞納した賃借人を追い出すために、賃借人に無断でカギを交換して入れなくしたり、家財道具を放り出したりすることは、違法な行為です。

     そのため,仮処分の制度は,法律実務上,たいへん重要な権利実現の補助手段になっています。

  • 売掛金回収(法的回収の基本編)

     前回に引き続き,売掛金の法的手続きによる回収について,一般論をレポートします。

    債権の発生
     企業会計原則では,発生主義(例えば,物やサービスを提供したら,その時点で「売掛金(資産)」を「未収金(収入)」として計上し,後に現金が入金された時点で,「未収金(収入)」を「現預金(資産)」で消す)の原則が要求されています。法的にも,一般的な売買契約では、支払期日が先であっても,売掛を建てた時点で,相手方に対する請求権が発生する(ただし、相手方には「引き換え給付」「同時履行」とか、「期限の利益」とかの抗弁があるのがふつう。)と考えてよいでしょう。

    履行期の到来
     請求権があるだけでは,直ちに相手に請求できることになりません。一般には,履行の期限があり,相手は履行をその期限まで猶与してもらえる立場にあります。従って,相手への請求をするには履行期になっていることが必要です。

    履行の催告
     履行期が来ても,支払われないときには,催促をします。この催促に法的な意味があるかどうかはケースに応じた判断になります。一般には,その履行準備等に必要な相当期間を定めた催告が法的意味をもつことになります。ただし,履行の催告だけでは消滅時効が中断しませんので,注意が必要です。

    法的な回収手段の実行
     担保(抵当権などの物的担保、保証契約書面による人的担保)を取っていれば,債務者本人から任意回収しなくても、競売等を申し立てたり、保証人に請求したりする方法で回収できる可能性があります。
     担保を取っていなくても,取引内容等によっては,先取特権という執行力を伴う債権になっている可能性もあるので,その活用も考慮します。
     反対債権(相手側から請求されている債務)がある場合には,それが不法行為債務(詐欺や暴行等による損害賠償の債務のことです)でないかぎり,相殺ができます。
     以上の,「担保権実行,先取特権等の優先権実行,相殺」が,ひとまず優先的に考慮すべき債権回収手段です。
     それらの手段が執れないときには,いよいよ提訴する必要が出てきます。

    提訴
     売掛金回収請求の民事裁判を起こします。ちなみに、詐欺でもない限りは、単なる代金の支払い遅延が刑事裁判になることはありません。
     一般論として,自力救済(いやがる相手から無理矢理に金品を奪って「債権回収」すること)は違法です(たとえ,債権回収として相当範囲であっても,手段方法の違法として場合によっては恐喝や強要などに問われる)ので,任意に払わない相手から強制的に金品を取るためにはどうしても裁判によって「債務名義」を取得する必要があります(まえもって執行力ある公正証書を作っておくという手もありますが、ここでの説明は割愛します)。
     このことは見方を変えて言うと,支払いを渋る相手から,交渉で金品を受領するときには,それがその債務者の「任意(自由な意思)」で支払われたという状況を,記録保存しておくべきということになります。後になって,無理矢理持って行かれたとクレームを付けられると,損害賠償をしなければならなくなる場合もあるからです。

    提訴の手続詳細
     提訴は,請求権を主張する側が原告として裁判所へ訴状を出してスタートします。一定の手数料が必要です。
     裁判所は訴状を審査し,請求内容が法律に沿って正しく構成されており、その主張が仮に全部立証されれば原告側勝訴判決になると判断したらこれを受理し,被告を呼び出す第1回期日を決めて、被告へ送達します。そのような事前審査をするのは、被告が訴状を受け取ったのに答弁書も出さず、第一回期日に欠席をした場合に、無審理で原告勝訴の判決を出す「欠席判決」という仕組みがあるためです。
     なお、民事訴訟では原告の反対側を「被告」といい、刑事訴訟の「被告人」に呼び名が似ていますが、民事の「被告」は単に「原告の反対」というだけの意味ですので、「被告」と呼ばれても刑罰を要求されているわけではなく、倫理的な非難の意味もありませんので、落ち着いて対応して下さい)。
     ちなみに,裁判所が訴状を受理するだけでは,原告の主張を認めたということにはなりません。主張の当否はその後の審理で決められます。
     審理には大きく3つの段階があります。
     第一段階は双方の主張を整理することです。これによって,お互いの言い分の内容を裁判所が理解します。
     第二段階は主張された事実について証拠を調べることです。これによって,どちらの言い分が真実であるのかを裁判所が判断します。
     第三段階は和解・判決等の最終決定へ向けた動きです。
     和解とは,判決によらないで,当事者が譲り合うことで事件を納めることです。和解のタイミングとしては,第一段階の主張整理後に切り出されるケースもありますし、第二段階の証拠調(証人尋問等)が終わった段階で切り出されるケースもあります。最終的に和解ができなければ,裁判所が第二段階までの審理をもとに,判決を書きます。場合により判決期日だけ指定され、判決までの間に和解期日を入れることもあります。
     一審の審理期間は,事案にもよりますが,短くて3ヶ月くらい,長ければ1年~2年かかることもあります。

    一審判決後の動き
     一審判決がでて,勝訴判決であれば,まず相手に任意の支払いを求めます。しかし,この判決は相手方が受領してから2週間以内であれば控訴できますので,まだ確定的なものではありません。任意に払ってくれればいいですが,だめな場合は強制執行をすることになります。
     ここで注意すべきは,その判決に「仮執行宣言」がついているかどうかです。これがついていれば,判決が確定しなくても(相手が控訴しようがしまいが),相手が判決を受領すれば強制執行ができます。しかし,仮執行宣言がついていなければ,相手が控訴すると判決が確定しないので,第二審で勝ち判決をもらうか,和解をして確定させた後でなければ強制執行できません。第二審後に上訴されたら、さらに確定が先延ばしになってしまいます。
     このようなタイムラグは,相手の経営状態が悪化しつつある状況では,非常に原告側に不利に働きます。この不利益を回避するために必要なのが,民事保全仮差押仮処分)という制度です。これについては次回の説明と致します。

  • 零細事業の売掛金回収(小口編)

    1 法的回収の前に
     後に述べますが,小口の売掛金は,法的手続を使った回収にかかるコストが,請求金額と見合わない場合が出てきます。そのため,逆説的ですが、いかにして,法的手段をとらないで,うまく回収するかがポイントになります。

    (1)確実な決済をする
     例えば,現金販売(立ち飲み屋での「キャッシュオンデリバリ(=注文毎の即時払い制)」や,コンビニ等での小売など)がもっとも確実な回収手段といえます。これはなにかの商品やサービスが,一度のやりとりだけですむようなケースでは有効です。
     これをさらに進めると,前払制(プリペイド)という方法があります。例えば,電車の定期券や回数券のように,一定の金額・期間に有効となる前払い券を発行して,代金を先取りしておくという方法です。一般消費者を相手にする場合には,「資金決済に関する法律」の前払式支払手段に該当するので,一定の法規制を受けます(詳しくは一般社団法人日本資金決済業協会のサイト参照)。
     但し,取引相手が事業会社である場合(いわゆるBtoB)は同法の規制対象外なので,企業間取引であれば,前払制は一つのよいビジネスアイデアです。

    (2)後払いの場合の履行確保
     以上のように,回収を確実にするためには,現金決済(同時履行,先履行)か,前払い(プリペイド方式)がよいのですが,事業モデル上の都合で,そのようにできないケースがどうしても出てきます。このような場合には,「与信」の考え方が必要です。
     与信とは,一般的には銀行や金融業者が資金を融通するときに,相手を審査して,融資枠を設定することがイメージされますが,事業取引にあっても,取引相手の経営・財務状態に応じて,取引のランク付けをすることが有効です。
     例えば,一見さんの場合には,一定の保証金を預かった上で,現金・前払いだけしか対応しないと決め,継続的に取引が重なって信用力がついてくれば,保証金を免除・減額したり,後払い(ポストペイ方式)や取引ワクの拡大をするということです。
     また,このときに法的観点からみて重要なのは,取引の相手方を明確にするということです。例えば,「山田商店」という取引先が,「株式会社等の法人の商号である『山田商店』」なのか「個人事業主である自然人山田某さんが『山田商店』と名乗っている」かの区別は非常に重要です。
     法的には「株式会社○○商店」とその代表者が個人的に経営している「○○商店」とは別のものなので,それを曖昧にしていると,最悪の場合どちらにも請求できないという結果になりかねません。取引相手が法人であれば,登記事項・履歴事項証明書を調査して,本店所在地に実在するかどうか代表者本人の所在に連絡がとれるかどうかなどを最低限調査すべきですし,個人であれば,確定申告書や税務署への開業届などから,経営名義が誰になっているのか(届け上では営業者本人ではなく妻や子どもの名前を使っていたりすることがあります)を確認することが望ましいといえます。そういう地味な調査が、いざ回収というときに役に立ちます。

    2 やむを得ず法的回収手段が必要となるとき

    (1)請求金額の規模に応じた回収プラン
     以上のような対策を尽くしても、やむなく未収金が発生してしまった場合には,その請求金額に応じた回収プランを立てる必要があります。
     i)2000円未満
     これは一度の内容証明配達証明郵便の発送実費に相当する金額です。従って,このレベルの未収金の場合は,内容証明郵便の送付すらコスト倒れということになります。
     ii)5万円未満の場合
     請求の内容証明を顧問先でない弁護士に依頼した場合には,最低3~5万円程度はかかります。そのため,このレベルの未収金は,一般的には弁護士に依頼せずに,自社で繰り返し督促をして根気強く回収するのがベターということになります。
     iii)140万円以下の場合
     140万円は,司法書士が受任できる事件の金額上限であり,簡易裁判所で扱われる上限でもあります。このレベルの未収金は司法書士でも回収出来ますし,自社で法務部員を教育すれば,簡易裁判所の許可を受けて、事件ごとに訴訟代理権を持たせることもできるので,弁護士に頼らないで自力回収できる範囲になります。ちなみに,一般的には,140万円を請求して全額回収した場合の弁護士費用は,着手金・報酬あわせて約2~4割(28~56万円)になります。
     iv)140万円を越える場合
     このレベルになると弁護士介入がベターとなります。
     但し,「支払督促」という手続(=裁判所から相手に督促状が届き,無視すると仮執行ができるので,内容証明よりも強力)であれば,簡易裁判所でも可能であり,金額の制限がありません(裁判所への印紙代が若干かかります)。また,「民事調停(=調停委員が間に入って,相手との話し合いをする)」も金額の上限なく簡易裁判所が扱いますので,それらの手続であれば弁護士を介さなくても利用可能です。しかし,支払督促に相手から異議があると,地方裁判所での通常裁判へ移行しますし,民事調停が不調になれば,原則2週間以内に提訴するほうがよいので,初めから弁護士を依頼しておいたほうがよいと思われます。

    (2)法的回収に必要な情報収集
     法的手続きのためには,相手方の住所,名称,郵便の届く事業所を最低限把握しておく必要があります。もし,所在不明になってしまった場合には,公示送達という特殊な方法で提訴します。これは早い回収を期待するより,主に時効中断のために提訴するケースです(時効が中断し、判決確定から10年に伸びます)。
     また,回収可能性を事前に予測するために,相手方の資産・収入などを調査する必要もあります。その場合は,本人だけでなく,相続財産が入る可能性も考慮して,親兄弟の分まで調べる事があります。この調査でめぼしい資産・収入がないことが分かれば,無駄な回収費用をかけずに貸倒償却するほうがベターというケースもあり得ます。

    (3)法務設置のメリット
     企業の立ち上げ段階や成長過程では、どうしても営業に比重がおかれて、受注増に伴って、請求・回収の管理が甘くなりがちです。
     経理担当者にしても日々の帳簿整備に手一杯で,請求管理は請求書を発行すれば一仕事終えたつもりになってしまいがちです。このようにして、いつのまにか収支不明の備忘記録がホコリのように溜まってくることがあります。日々の業務にはほとんど支障がないので,放置されているのですが,そのような不明瞭経理横領や背任の温床でもありますので,注意が必要です。
     前記のように,140万円までの債権であれば,簡易裁判所での民事訴訟が使えますし,貸金・信販系会社では,法曹資格のない社員が裁判所の許可を得て代理人となって,司法書士・弁護士のように法廷で活動しているケースもあります。債権管理以外にも,法令遵守(コンプライアンス)のための社内監査などの仕事もありますので,総務や人事のなかに法務担当を置くことを検討されるのも良いと思います。