カテゴリー: 企業法務

  • 秘密の流出と対策

     今回は秘密流出後の対策についてです。
     一般的に、取り急ぎ実効性のある法的措置を取りたい場合に役立つのが、「仮処分」という方法です。
     ずいぶん前になりますが、仮処分については一度解説したことがあります。重要なキーワードなので、再度説明します。

     裁判所の判決は,確定して初めて,その効力が発生するのが原則です。「確定」とは、相手方がその裁判の結果を争う手段がないという状態に至ることです。
     具体的には、裁判のなかで、「和解」をするとか、一審判決に対して、相手が控訴しないで2週間を経過するとか、いろいろなパターンがあります。そのため、相手が徹底的に争って来れば、最高裁まで事件が続き、確定まで最短でも2年くらいかかってしまうことがあります。

     「仮処分」は,判決が確定する前の段階で,相手方が勝手に紛争の目的物を処分したり,価値を減らしたりするのを防いだり、現に侵害されている権利がそれ以上侵害されないようにするための措置を講じたりするために、裁判所に申し立てて、一定の命令を出してもらう法的手段です。
     よく使う例としては、賃貸していた不動産の賃借人が賃料を払わないので,解除をして明渡を求めた場合に、賃借人が「占有屋」のような人物に不法占拠させて、追及を逃れようとするのを予防するために、「占有移転禁止仮処分」をするというものがあります。もし、この仮処分をしないままに、裁判を起こすと、裁判で勝って確定時に執行官を使って明け渡しをさせようとしても、その時点での占有者が裁判の相手と違っていた場合には、明渡を強制できません。これは、「賃借権」が、賃貸人と賃借人の間の約束であるためです。つまり、明渡の裁判は、賃借権者の地位に基づく権利行使なので、賃借人に対してしか効果がないのです。
     ただし、不正競争の場面での「仮処分」は、上記「相手方特定機能」ではなく、「仮の満足」すなわち、不正な侵害をひとまず中止してもらうという機能を目的として申し立てをします。賃借権の場面でも、例えば、賃貸事務所が暴力団に占拠されているような不法性の明白なケースでは、このような「満足機能」を目的とした「断行仮処分」をすることがあります。

     これまでに紹介した不正競争関連の裁判事例でも、「販売差し止め」や「商標使用禁止」を仮処分で申し立てた例があったと思いますが、そのような仮処分を執行することによって、時間の経過によって拡大する可能性がある損害を早い段階で食い止めることが可能となるわけです。
     他方、仮処分の相手の側(「債務者」といいます)からみると、万一裁判で権利侵害でないという結論が出た場合には、仮処分のせいで販売機会を失ってしまう結果に対して、ある程度の損害の発生が考えられることになります。そこで、この両者の権利関係を調整するために、仮処分を申し立てた側(「債権者」といいます)は、債務者の損害を担保するために、「保証金」を供託しなければなりません。これは裁判で勝訴すれば戻ってきますが、万一敗訴して、債務者が担保の権利を行使すれば、債務者に取られてしまう可能性があります。

     保証金の金額には、裁判所がおおよその目安になる基準を示していますが、前記の通り、保証金は債務者のための担保なので、債権者の権利がどれぐらい確実らしいかどうかで、上下に幅があります。前述の暴力団の事務所占拠などに対する仮処分では、数万円程度の保証金で決定が出ることもありますし、申立段階で債権者の権利が不確実と判断されれば、保証金は高額になり、そもそもいくら保証金を積んでも仮処分命令を出してもらえないこともあります。

     どんな法的手段であれ、まず最重要であるのは、「事情を知らない第三者(裁判官)に、債権者としての主張内容が真実であろうと信じてもらえる程度の証拠資料」をきっちり集めておくことです。
     そのためには、日常業務から、紛争予防のための記録化・証拠化を意識する必要があるといえます。

  • 営業の秘密管理に対する裁判例

     前回に続いて営業秘密の問題についてです。

     今回の事案は、コンサートや各イベントの企画・制作等を業務とする会社での事件です。
     全従業員は4人しかいない小さな会社で、うち2人(元従業員・アルバイト)が退職後、同業種で独立しました。
     原告会社は、その行動に腹を立て、顧客リストや登録アルバイトのリストを不正に持ち出したとして、元従業員らを提訴し、損害賠償と顧客リスト等の使用差し止め、情報消去を請求しました。

     裁判所が認定した管理状況は次のとおりです。
     アルバイト登録リストは、ファイルの背表紙に「社外秘」と記載されて、扉のない書棚においてありました。しかし、従業員に対して秘密保持を求める就業規則はなく、秘密保持の誓約書等も作成されていませんでした。コピーの部数制限やコピー物の回収などの措置もとられていませんでした。
     結果として、この裁判では、秘密として管理されていたとは言えないとして、訴えた側の会社が敗訴しました。

     実は、秘密管理に対する裁判所の判断は、平成15年前後から、比較的厳格なものになってきていると言われています。
     これは、自由経済社会の中では競業が基本的に肯定されるべきだという、規制緩和・自由経済の風潮が強く言われるようになってきた国際・国内の政治経済状況を反映したものとも考えられます。
     裁判所は、世の中のことを見ていないようで、ちゃんと見ているような感じもあります。

     鍵をかけ、コピーの回収もしっかりしていたとしても、情報を管理する立場の人物が情報を流出させることは、究極には防ぎようがありません。
     信頼して会社の情報を取り扱わせていた担当者の裏切りに遭うのは、会社としてもつらいことです。
     小さな会社にあっては、信頼しているからこそ何も書面を交わしていないというのが実情と思われますが、上記の裁判例のように、客観的に秘密管理状況がないというだけで、秘密保護をしないという判断をされてしまう危険がありますので、情報取扱い担当者に対する損害賠償等の実現のためには、秘密保持契約が必須ということになるわけです。

     秘密管理に対する裁判所の見方がより客観性を求める方向にあることを考えると、秘密管理については、文書化が基本であろうと思います。

  • 営業秘密の判断

     今回は競争業者を意識した秘密管理の問題についてです。

     多くの裁判例がありますが、要点は、対象となる資料・情報が(1)どの程度秘密として厳格に管理されていたか。(2)どれくらい有用であるか。(3)公知のものでないか。の3点です。

     とある裁判例を見てみましょう。
     事案は、墓石販売業者の元従業員が、①会社にある顧客名簿(電話帳から見込み客として抜粋したものも含む)、②取引のあった顧客情報の管理簿、③墓地使用契約書、④墓地来訪者名簿、⑤墓地・墓石の加工図、⑥墓石の原価表を、自ら設立した独立後の新会社に持ち込んで、その営業に使ったというものです。

     裁判所(東京地裁)は、①~⑤全部について(1)秘密管理性と(2)有用性を認めました。しかし、⑤と⑥は墓石の外観と価格が載っているだけのものであり、すでに公知(社外の者でも容易に知りうる)と判断されました。この事案で、販売業者が得られた損害賠償金額は630万円でした。

     個別に要件を見ますと、
    (1)秘密管理については、「テレアポ専用の部屋に、責任者が決められて、①と②は施錠可能なロッカー内に保存され、③と④は社員が日常業務で使う事務室内の営業課長の引き出し内に保管されていた。⑤は事務室内の書棚においてあり、⑥は営業課長の机の引き出しに保管されていた。会社は、営業資料を営業活動以外に使わないように指導を徹底していた」という状況でした。
     本件以外の裁判例を見ると、このあたりの認定は、裁判所によって比較的判断が分かれやすいところですが、弁護士の感覚からすれば、この墓石事案は、その程度でも秘密管理性が認められる可能性があるというぎりぎりの案件かと思われます。
     一般的には、専用の施錠可能な保管場所を決める。一定の役職者以外閲覧できないようにする。社外秘情報であることを明示する。等の措置が必要であり、鍵のかかっていない書棚においてあり、社員誰もがいつでも参照できるようなものは、事案によっては秘密管理性が否定される危険があります。また、それらの事実を後日に裁判上で立証するため、保管場所の整備や責任者の定め、文書・情報管理規定の作成、秘密保持契約など、客観的証拠を整備しておくほうがよいでしょう。
    (2)有用性について、裁判所は、「①②には、継続的な営業(テレアポ含む)で得られた補足情報が含まれており、無差別に電話・訪問営業をするより効率的な営業が可能になる」「③④には関心を持って来訪した見込み客の情報が載っており、成約に至る可能性が高い顧客資料として有用である」「⑤⑥は①~④と比べるとそれほど有用とは言えないが、一応の有用性はある」と述べています。ただ、⑤⑥は結果的に公知と判断されており、端的に営業上有用な情報とまでは言えないとの判断もあり得たのではないかと思われます。
    (3)公知・非公知を区別するには、営業に関連して社外の業者等にその資料を示す機会があるのかどうかという視点で見るとよいでしょう。加工図や原価表は、状況によっては加工業者や顧客に対して示す可能性もある資料ですし、上記事案でもそのようなものとして扱われていたのだと思われます。その場合には、当該加工業者や顧客との間でも、当該情報が秘密であること、その秘密は外部に出さないことについての了解がなければ、非公知だというのは難しいでしょう。

     御社には営業上の秘密と思われる情報はおありでしょうか。この機会に情報管理について一度検証してみてはいかがでしょうか。