カテゴリー: 企業法務

  • 労働時間規制

     労働基準法は、労働時間の上限を1日8時間以内、週40時間以内と定めています。これを守らないと、使用者には刑事罰(6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金)があります。

     しかし、一方でこれを超えても働かせて良い例外を作ることも出来ます。この例外を適用するためには、いわゆる「36(サブロク)協定」という協定を、労働者代表と締結し、労基署へ届け出ることが必要です。
     そのほか、変形労働時間制という制度があったり、休日や休暇についても細かい法規制があったりして、労働時間法制は非常に複雑になっています。それらについては必要になった都度、社会保険労務士や弁護士へお問い合わせ下さい。

     今回は、「労働時間」ってなに?という点を主に解説します。
     現場でいろいろと問題になる「労働時間か否か」の事例としては、朝礼・始業前の掃除・着替・入門から事業所への移動時間・短時間の休憩・待機時間・終業後の清掃・夜勤者の仮眠などがあります。
     法律で個別に決まっているわけではないので、裁判例上では、最高裁判所で次のような一般論が基準として示されています。

    「労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まる」「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務づけられ、またはこれを余儀なくされたときは、当該行為は、社会通念上必要と認められる時間について、労働時間に該当する」(平成12年三菱重工事件)。「不活動仮眠時間について、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていてはじめて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる」(平成14年大星ビル管理事件)。

     例によって、基準としては一般的すぎて具体性がなく、個別のケースで判断に迷うこともありますが、基本的には、「労働者が労働のために拘束されているかどうか、労働からの離脱が自由かどうか」で考えるとよいでしょう。
     たとえば、朝礼は業務そのものなので、労働時間に入りますが、始業前の掃除については、各社員が自分の周りだけ自発的に掃除する分には労働時間といえないとしても、会社の業務命令で会社のトイレや敷地周辺などの各社員の持ち場でないところまで掃除させるような体制は、労働時間内といえるでしょう。また、着替えや移動といった時間はほぼ労働時間に含めます。労働基準法上の休憩とはいえないごく短時間の不連続休憩や、作業中の手待ち時間なども特殊な事情がない限りは労働時間に含めます。夜勤中の仮眠については、仮眠室が決められていたり、仮眠中でも緊急時には対応の義務を負うなどの制約がある場合には、労働時間に含める必要があります。それらの時間が労働時間に含まれることの意味は、時間外割増賃金の計算に反映されてくるという点ですので、労働時間管理はしっかりとしておく必要があります。

     ちなみに、労働時間の作業密度によって、賃金に差を設定することは、合理的な範囲内であるかぎり合法です。従って、作業密度の低いものと高いものが混在するような勤務形態(仮眠付き夜勤)のような場合には、仮眠中の時間給と起床中の時間給に差を付けることは可能といえます。

  • 賞与・退職金

     賞与退職金賃金の一部であり、いずれも金額が大きい場合が多いので、支給にあたっては、いろいろな法的紛争の元になり得ます。どちらも就業規則に規定がなければ、事業者側に支払いの義務は発生しませんが、多くの場合、就業規則で支給をうたっています。

     まず、賞与について、比較的多いトラブルは、「支給日時点で在籍している場合に限り支給する」という就業規則に基づく不支給の例です。
     賞与は、一般には、支給対象期間の労働に対しての「給与の後払い」だと考えられていますが、他方、賞与を支給するかどうかは労働契約上の合意の問題であって、支給日に在籍していない者には支給しないとする合意そのものは有効だとされています。
     そのため、支給日直前に退職した人に、賞与を支払わないことが適法かどうかが問題となります。裁判例では、任意退職者の場合は、自分で退職日を選択出来るから問題ないとし、会社都合退職の場合には、自分で退職日を選択できないから、日割計算等によって、支払いをすべきだとするのが一般的です。懲戒解雇などの場合でも、特段の取り決めがなければ日割計算すべきですが、就業規則中に懲戒解雇者への賞与不支給を定めておけば、一応それによります(後日法的紛争になって、不支給が適法とされないケースはあり得ます)。
     他方、会社の都合で賞与支給日が変更された場合には、本来支給すべき時期の在職者には支給しなければならないとされています。また、前回説明した年俸制の場合のように、期間中の賃金が総額で決められていて、賞与月が平月よりも多く設定されているようなケースでは、当然ながら在籍日までの日割により給与・賞与を支払う必要があります。

     次に、退職金については、「給与の後払い」の性格と「功労報償」の性格があると言われています。この考え方の賞与との違いは、懲戒解雇された者には退職金全額を不支給とするとの就業規則の効力に影響します。給与の後払いであるからには、従業期間に応じて一定の金額が支払われなければなりませんが、功労報償であれば、懲戒により功労報償なしとすることは合理的です。
     この点、裁判例では、20年間まじめに勤務した鉄道会社の会社員が、他社電車内での痴漢により2回も罰金に処せられたことを理由に、懲戒解雇した例で、退職金の3割を支給すべきとされたものがあります。
     つまり、この裁判例では、給与の後払い部分もあるので、たとえ懲戒であっても、退職金の全額を不支給とすることは認められないとしたわけです。
     一般論としては、どの程度の懲戒事由があるのかが問題とされますので、懲戒解雇した従業員に対する退職金の支給・不支給判断にあたっては、やはり対象従業員の納得する理由付けが必要と思われます。

  • 成果主義賃金制度のさわり

     成果主義賃金制度がさかんに導入された初期段階から、現在では、運用実務蓄積の時期へと移っており、最近のいわゆるホワイトカラーエクゼンプション(white collar exemption)の議論で、再び新たな問題が派生しつつあります。今回はとりあえずベーシックなところだけ解説します。

     成果主義賃金には、いろいろなパターンがありますが、典型的な歩合制のほかに、前年度実績に応じて、翌年度の1年分の給料額を決めて、月割りして支払うという内容がよくあるようです。
     給料の決め方としては、労働者の目標設定・その達成度などを考慮して査定しつつも、労使の協議の余地を残して、労働者自身の勤労意欲を引き出すというタイプの仕組が多く採用されているようです。

     このような制度を巡り、成績評価の見直しに伴う賃料の減額が不当かどうかで争われた多くの裁判例があります。

     まず、成果主義型賃金体系への変更のため、就業規則を変更した場合の有効性が問題とされます。この点につき、「賃金などの労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるものというべきであり,この合理性の有無は,就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉の経緯,他の労働組合又は他の従業員の対応,同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである(最高裁判所第一小法廷平成12年9月7日判決・民集54巻7号2075頁参照)」というのが現在の法解釈ですので、賃金体系の変更はかなりハードルが高い印象があります(従業員の理解が必須となります)。

     次に、成果主義賃金への変更と同時に、肩書き役職の見直しを実施した場合に、実質的な降格処分ではないかとして争われるケースがあります。これについては、降格に合理的な理由があるかどうかが審理されます。会社都合解雇や懲戒処分のような従業員に対する不利益処分にあたっては、十分に根拠となる事実をあらかじめ証拠として残しておくことが必要です(業務日誌や始末書、戒告処分通知書など)。

     さらに、成果の評価や具体的な賃金決定内容そのものに対する異議があって争われるケースもあります。これは、就業規則の変更が有効かどうかとのセットで問題になることが多いですが、一般的には、この査定内容に関する不満がもっとも頻繁に起こります。協議をしたが、次年度年俸が決まらないときにどうしたらよいかという問題もあります。
     裁判上では、ひとまず前年と同額にすべきという結論を出した例がありますが、これについても、前記同様に、いろいろな事情を総合的に考慮して判断されているので、協議ができないときは必ず前年同額にしなければならないということではありません。

     賃金の決定基準は、法的には、「総合考慮」と言われていて、具体的な事案に適した一律の法的規制があるわけではありません(最低賃金を除く)。そのため、労使交渉でも難しい話題ではあります。

     「労働審判」という手続は、このような「総合考慮型」の労働紛争の解決に適したものとして運用されています。社内で協議が着かなければ、そのような場で第三者を交えて審議するということも考えられます。