カテゴリー: 企業法務

  • 労災(業務災害)の適用範囲について

     労災と聞いてどのようなことをイメージされるでしょうか。

     工場の機械での怪我や、高所からの転落、配送中の自動車事故などが業務災害の典型例ですが、最近では、職場の安全配慮義務が問われるケースとして、過労による心筋梗塞脳出血精神疾患による自殺まで幅広く業務災害性が認められる例が増えています。
     肉体労働系の職種でなくても、あらゆる職域で労災が発生する危険があるといえます。経営者としても、認識を改める必要があるでしょう。
     
    業務災害」とは,「労働者業務上の負傷,疾病,傷害又は死亡」のことであり,業務災害といえるためには,「業務上」の負傷や疾病等である必要があります。
    業務上」とは業務と負傷等との間に法的な因果関係があることです。
    因果関係を判断するためには、「業務起因性」と「業務遂行性」が必要だと言われています。

    「業務遂行性」とは,「労働者が事業主の支配ないし管理下にある状況で事故にあった(疾病が生じた)」という意味です。(1)事業所内で業務に従事している最中に生じた災害や,(2)同じく事業所内ではあるものの,休憩中・始業前・終業後の行動の際の災害が含まれます。さらに,(3)事業所外で労働しているときや,出張中の災害(出張中は交通機関や宿泊場所での時間も含む)も含まれます。
     これらを除くと,業務遂行性が認められないのは,通勤途上(これは通勤災害として労災補償対象になります)と事業所外での任意の親睦活動や純粋な私的行為中のものに限られてきます。

    「業務起因性」とは,「業務遂行に伴う危険が現実化した結果の事故(疾病)といえる」という意味です。
    上記(1)の場合には,原則として業務起因性が認められますが,自然現象・外部の力・本人の私的逸脱行為・規律違反行為などによる場合は認められません。例えば,大工同士が喧嘩をし,一方が死亡したという事案で,最高裁は,喧嘩の発端は作業内容に関する指摘行為にあったものの,災害(死亡結果)自体は被害者の挑発的行為(私的逸脱行為)が原因であり,それは業務に随伴する行為とはいえないため,業務起因性は認められないと判断しました。
    (2)の休憩中等の場合は,生理的行為や移動行為は含まれますが,スポーツによる負傷等は原則として業務起因性が認められていません。
    (3)の場合については,特に出張中の災害が問題となります。出張は事業主の指揮命令に基づくものなので,原則として事業者の支配下のものとして業務遂行性が認められますが,その一方で,出張中に私的な行為が行われることもあるため,業務起因性が問題になるのです。

     例えば,「出張先で仕事を終え,宿で酒を飲みながら夕食をとった後、酔いが回って階段から転倒し頭を強打し,それが原因で約1か月後急性硬膜外血腫により死亡した」という事案で,トイレからの帰りの際,間違えてトイレの履物を履いてきたことに気づき返却のためにトイレに向かう途中の事故であったのであり,被害者が業務と全く関連のない私的行為や恣意的行為ないし業務遂行から逸脱した行為によって自ら招いた事故として業務起因性を否定するべきとはいえない,と判断し業務起因性を認めた裁判例があります(福岡高裁)。
     その他の裁判例では,長期出張中の同僚の送別会の後に溺死した事案や、出張先で接待を受けた後に入浴中に心臓麻痺によって死亡した事案など,飲酒を伴う事故については,業務起因性を否定する判断のほうが多いようです。

     階段から転倒した福岡高裁の事案で業務起因性が認められたのは,出張先での食事の際の程度の飲酒をもって,業務と全く関連のない行為とはいえないとの考えによるのではないかと思われます。
     しかし,どのような飲酒の仕方であるなら業務と全く関連のない行為であり業務起因性が否定されるのか,といった判断は事案によっては難しいものになると考えられます。
     飲酒の嗜好がある社員を出張させるときは、羽目を外さないように、釘を刺しておく必要があるかもしれません。

  • 年次有給休暇

     有給休暇制度は、個々の労働者ごとに一定の条件が備わった場合には、当然に付与しなければならない法律上の制度です。労働者との合意であっても、有給休暇を一切認めないことはできません。

     現行法では、6か月以上勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、勤続年数に応じた日数(最低10労働日)の休暇を与えなければなりません。短時間のパート勤務者でも、1週の所定労働日数が5日以上か、週の所定労働時間が30時間以上あれば、正社員と同じ扱いです。この基準未満の場合でも、所定労働日数に応じて正社員よりも少ない日数の付与をする必要があります。
     行政解釈では、休暇は1日単位で与えればよく、午前だけとか午後だけの指定に応じる必要はないとされていますが、会社側から任意に時間単位の休暇を認めるのは差し支えありません。ただし、時間単位での付与を認める場合は、労働者代表との間で協定を締結することが必要です。

     労働者から年休取得の要求があった場合には、使用者側から取得時期を別の機会に変えるように求めることはできます(時季変更権といいます 労基法39条5項)。しかし、この時季変更権は、やむを得ない場合にだけ行使すべきとされているので、むやみに変更を指示すると、違法な制限だとして無効を主張される可能性があります。従って、どうしても代替人員が確保できない事情がなければ、基本的には労働者の申し出通り認める必要があります。

     特に、国際的に、日本の「過労」が取りざたされ、その議論のなかで年休取得率が低いことが労働者団体側から問題にされたため、「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(平成17年改正前は労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法)」という法律が作られています。この法律は、事業者に年休を取りやすい環境を整備する義務を規定しています(2条)。平成20年にガイドラインも改訂されています。

     罰則規定はありませんが、会社の業務の品質は、システムとそれを運用する人材によって決まります。
     品質が落ちるとクレーム対応などで、生産性・収益性も下がります。
     従業員が働きやすい環境を作ることは、人材の確保のためにも企業戦略として重要ですので、従業員のワークライフバランスには経営者として、配慮を欠かさないようにしたいものです。

  • 労働者代表

     前回は、労働時間の制限についていくつかの例外があることを説明し、時間外労働のことに触れました。
     そのなかで、いわゆる36協定を「労働者代表」との間で締結すると説明しました。労働者代表との間で締結する協定等は、時間外のほかにも、変形時労働時間制・フレックスタイム制・みなし労働時間制等の協定があります。

     問題は、労働者代表をどうやって決めているかという点です。
     最高裁トーコロ事件(写真印刷業)では、36協定を締結した際に、会社が労働者代表としていた者が、「労働者代表」ではないとして、36協定は無効であるから、時間外労働の命令は違法であり、その命令に背いたからといって解雇したのは無効であるとして争われました。

     ある調査によれば、実態として、従業員代表の選任方法は、社員会等の代表者が自動的に就任するものが約2割、事業主が指名するものが1割強ということだったそうですが、裁判例からすれば、そのような選任方法では、無効になる可能性が極めて高いといわざるを得ません。

     裁判例では、社員会は単なる親睦団体であって、たとえ選挙で会長が決まっていても、自動的に労働者代表ということにはならないとされたものがあります。

     もし従業員の過半数を組織する労働組合があれば、その代表をもって労働者代表としてもいいのですが、そのような労働組合がない場合には、まさに全従業員の過半数の意見を代表する者を、「民主的手続」で選任する必要があります。

     昨今、労働組合の組織率は低下しており、事業場や企業ごとの従業員による労組ではなく、地域ユニオンや管理職ユニオンのような一般労働者組織への加入者も増えてきていて、労働基準法が要求する意味での「労働者代表」を、簡易に確保できないのが現状です。

     しかし、現行法上では、民主的手続により選出された労働者代表を相手として各種の協定を締結しなければ、最終的に、企業側が痛い目に遭うことになってしまいますので、各種の協定に当たっては、いまいちど、「労働者代表」として適切な者との間で締結したといえるのかどうかを、しっかりと考える必要があるでしょう。