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債権の管理回収の話(3) 仮契約、オプション

1-2 仮契約の甘いワナ
(1)仮契約書等の作成は必要か
 契約をするにあたって、正式な契約の前に、仮の合意を書面化しておきたい場合があります。複数の論点が契約締結までに順次協議され、その都度合意されていく場合には、論点ごとに合意書を作りながら正式契約へ向けて進めていくというやり方も間違いとは言えません。その場合には、正式合意でないことを明確にするため、仮契約書、暫定覚書、レター・オブ・インテントなどのタイトルの文書にします。
 しかし、書面の存在は、裁判所に対する証拠価値上、大きなインパクトがありますので、正式合意前にやたらと文書を作成することは訴訟対策としては好ましくなく、文書化には慎重な判断が必要です。
 どうしても必要な場合以外には、仮の文書は作らない方がよいでしょう。もし作成せざるを得ない状況になったときでも、次のような点に留意が必要です。

(2)拘束力をどこまで付与するか
 仮契約書等は、その具体的な記載方法によっては、記載された重要事項に関する合意が成立したと解釈されます。
 合意の拘束力を弱めるには、「仮提案書」など当事者の提案を記したものであることが明確となる表題を付し、調印された最終契約書が成立しない限り何ら拘束力を有しないこと、各条項は当事者の合意を示すものでないこと、信義に則った交渉義務が生じないこと等の規定を置くほうがよいでしょう。もっとよいのは、最初から仮契約書を作らないことです。
 他方、合意の拘束力を強くしたい場合は、最終契約書に達する努力をする信義誠実義務や、相手方が仮契約書等を信じて行動したときに不利益を受けないように補償する義務等の明記をすればよいでしょう。

(3)前提とする事実の範囲はどこまでか
 仮契約書等の作成に至る経緯、動機、目的などを記載することで、仮契約書等の内容が理解しやすくなり、また、その解釈の指針を与えることができます。これによって、後に前提条件が変わった時でも、新たな解釈のもとに合意が改廃しやすくなり、柔軟な対応も可能となるでしょう。具体的にどの程度の条件設定にするかは、ケースバイケースでしょうが、緩くしすぎると条件の意味がなく、厳しくしすぎるとわずかな条件ズレで合意が無駄になるので、前提事実の確定も慎重に判断する必要があります。

(4)進め方に関する合意
 請負のような結果追求型の契約形態の場合、得られる結果が重要なので、途中経過で仮契約が必要になることは少ないでしょう。むしろ、契約締結後の事情変更で条件変更契約が必要になってくる例が多いと思われます。
 他方、継続的供給契約や共同研究開発など、プロセスが重要な契約では、仮契約で契約の目的内容そのものではなく、手続きの進め方や担当分担などの手続き面・形式面を先行して合意しておくことも有効でしょう。ただ、やはり仮合意は望ましくないので、出来れば基本契約のような枠組契約を作成して、そこから派生する個別の詳細契約を別途順次作成していく方式のほうがよいかもしれません。

(5)秘密の保護
 暫定合意の後の作業を進めるうえで、相手方に技術や秘密を開示することが不可欠であることが多いため、前もって技術や秘密を開示する当事者を保護する合意が必要になることがあります。
 なお、開示された技術の第三者開示禁止までは問題がないのですが、開示を受けた当事者がその技術に基づいて生み出した新たな派生技術の利用をどこまで制限するかは、独占禁止法の観点からの検討も必要であり、権利の濫用にならないように慎重に制限条項を定める必要があります。

1-3 オプション条項
 一方的意思表示により当該契約に基づく履行請求ができる条項を「オプション」と言います。
 オプション条項は、将来的なリスクを回避するために、相応の危険費用をあらかじめ想定して、不確定さを織り込んだ契約とすることができる点で、履行の柔軟さと契約の明確さを両立できる手法といえます。
 ただ、一般の契約にオプション条項を設けることは、双方にとって大きなリスクを含むこととなりますので、権利行使条件や期限などは、あいまいにしないで、一義的に取り決めておく必要があるため、商取引の実際上の応用は利害関係があまり対立しない親子会社・グループ会社間のリスクヘッジ取引に限られてくるだろうと思われます。

債権の管理回収の話(1) 契約交渉段階の基本

1-1 契約交渉段階
(1)大前提
 口約束でも原則として法的に有効な契約です(保証契約などの例外あり)。
 しかし、重要なビジネスを口約束だけで進めることはとても危険です。それはなぜでしょう。

 最大の理由は、後日の紛争に備えられないことです。口頭での表現は、文脈に応じた「解釈」の幅が広がりすぎる危険があります。もし、交渉全体を通じた録音がなければ、最悪の「言った・言わない」議論に陥り、相互に悪魔の証明が課されることになり、裁判紛争の場面では、立証責任を負うほうが不利な立場に置かれます。債権者は債権発生原因事実、債務者は債務消滅原因事実の立証責任を負う立場にあります。
 債権の管理回収に際しては、大原則・大前提は、「文書化」です。契約交渉段階から、決済に至るまで、あらゆる局面で、判断の分岐点が後日トレースできるように、内部文書や対外的書面を目的に沿って整備しておく必要があります。

(2)文書の形式
 法的観点から、文書で重要なポイントは、「原本性」「時期特定」「作成者確定」の3つです。
 ①原本性とは、その文書以外に代替できるものがないという性質のことです。たとえば、人が署名捺印した文書は原本性が極めて高度な重要書類といえますが、それをコピーしたものは、原本による代替性があるものなので、証拠価値も落ちます。ですから、代替性のない文書は、滅失・棄損したり、無用に改変されないように、確実に保管・管理しておく必要があります。
 ②時期特定とは、文書の表現がいつされたのか、わかるようにしておくことです。これをもっとも厳格に実行できるのは、紙ベース文書であれば、作成日付を記載したうえ、公証役場で確定日付の印を押してもらうことです。ただ、1件あたり700円もかかるので、どのような場合に確定日付をとっておくかは、リスクとコストの天秤で判断します。電子文書であれば、電子公証制度を使うことができますが、やはり費用は掛かります。もうすこし緩やかな証明力でよいのであれば、内容証明・配達証明・配達記録郵便の利用とか、ファックスや電子メールでの送信記録などが考えられます。
 時期を特定する目的は、事実の変化を後日検証するためです。つまり、法的な紛争が起こった場合、常識的に考えて、A事実は必ずB事実の後に起こるという論理が成り立つならば、A事実とB事実の時間的な前後関係は、当事者にとって非常に重要な要素になります。
 ③作成者確定とは、当該文書の作成者を明確にすることです。文書の表示内容は、誰かの意思に基づくものですが、誰が作成したのかわからない文書の内容の真正は、多くの場合、確かめようがないので、一般にその信用性は低いものとみられます。特に法律文書の場合、作成者が文書上に法的な意思を表現する権限を持たない場合、「意思表示の瑕疵(カシ・キズ)」につながる可能性があるため、作成者を明示することは絶対条件と言えます。

 以上の3つの形式的な要件が整えば、ひとまず法的観点からの文書としての信用性・証拠能力は合格レベルにあるといえます。あとは、その文書に表示されている内容が、真実に基づいて、的確に表現されているかどうかによって、文書の証拠価値が定まります。

秘密の流出と対策

 今回は秘密流出後の対策についてです。
 一般的に、取り急ぎ実効性のある法的措置を取りたい場合に役立つのが、「仮処分」という方法です。
 ずいぶん前になりますが、仮処分については一度解説したことがあります。重要なキーワードなので、再度説明します。

 裁判所の判決は,確定して初めて,その効力が発生するのが原則です。「確定」とは、相手方がその裁判の結果を争う手段がないという状態に至ることです。
 具体的には、裁判のなかで、「和解」をするとか、一審判決に対して、相手が控訴しないで2週間を経過するとか、いろいろなパターンがあります。そのため、相手が徹底的に争って来れば、最高裁まで事件が続き、確定まで最短でも2年くらいかかってしまうことがあります。

 「仮処分」は,判決が確定する前の段階で,相手方が勝手に紛争の目的物を処分したり,価値を減らしたりするのを防いだり、現に侵害されている権利がそれ以上侵害されないようにするための措置を講じたりするために、裁判所に申し立てて、一定の命令を出してもらう法的手段です。
 よく使う例としては、賃貸していた不動産の賃借人が賃料を払わないので,解除をして明渡を求めた場合に、賃借人が「占有屋」のような人物に不法占拠させて、追及を逃れようとするのを予防するために、「占有移転禁止仮処分」をするというものがあります。もし、この仮処分をしないままに、裁判を起こすと、裁判で勝って確定時に執行官を使って明け渡しをさせようとしても、その時点での占有者が裁判の相手と違っていた場合には、明渡を強制できません。これは、「賃借権」が、賃貸人と賃借人の間の約束であるためです。つまり、明渡の裁判は、賃借権者の地位に基づく権利行使なので、賃借人に対してしか効果がないのです。
 ただし、不正競争の場面での「仮処分」は、上記「相手方特定機能」ではなく、「仮の満足」すなわち、不正な侵害をひとまず中止してもらうという機能を目的として申し立てをします。賃借権の場面でも、例えば、賃貸事務所が暴力団に占拠されているような不法性の明白なケースでは、このような「満足機能」を目的とした「断行仮処分」をすることがあります。

 これまでに紹介した不正競争関連の裁判事例でも、「販売差し止め」や「商標使用禁止」を仮処分で申し立てた例があったと思いますが、そのような仮処分を執行することによって、時間の経過によって拡大する可能性がある損害を早い段階で食い止めることが可能となるわけです。
 他方、仮処分の相手の側(「債務者」といいます)からみると、万一裁判で権利侵害でないという結論が出た場合には、仮処分のせいで販売機会を失ってしまう結果に対して、ある程度の損害の発生が考えられることになります。そこで、この両者の権利関係を調整するために、仮処分を申し立てた側(「債権者」といいます)は、債務者の損害を担保するために、「保証金」を供託しなければなりません。これは裁判で勝訴すれば戻ってきますが、万一敗訴して、債務者が担保の権利を行使すれば、債務者に取られてしまう可能性があります。

 保証金の金額には、裁判所がおおよその目安になる基準を示していますが、前記の通り、保証金は債務者のための担保なので、債権者の権利がどれぐらい確実らしいかどうかで、上下に幅があります。前述の暴力団の事務所占拠などに対する仮処分では、数万円程度の保証金で決定が出ることもありますし、申立段階で債権者の権利が不確実と判断されれば、保証金は高額になり、そもそもいくら保証金を積んでも仮処分命令を出してもらえないこともあります。

 どんな法的手段であれ、まず最重要であるのは、「事情を知らない第三者(裁判官)に、債権者としての主張内容が真実であろうと信じてもらえる程度の証拠資料」をきっちり集めておくことです。
 そのためには、日常業務から、紛争予防のための記録化・証拠化を意識する必要があるといえます。