カテゴリー: 知的財産

  • 不使用取り消し

     前回は時効・除斥期間の話が出ましたが、今回は、商標権に特徴的な「不使用取消」についてです。
     商標権は、実際に使っていないものであっても、将来使おうと思っていれば、自由に登録することが可能です。そして、登録した商標であっても、それを使う義務はなく、登録したままで実際に使わずに塩漬けにすることもできます。

     このような制度下では、もとから使うつもりもないのに、将来有望になりそうな言葉やマークなどを手当たり次第に登録して、他の人がそれを使おうとしたときに、多額の移転料を請求するというような、悪用もされかねません。
     そういう事態は、インターネット上の住居表示である「URL」ではすでに発生していて、著名企業の名前を先取り登録して、URLの値段を釣り上げる悪質な手法が横行しています(もう過去形かな? 参照>スパムメール警告 ドメイン・レジストラ関連)。

     商標法では、登録したのに使わない商標について、3年間以上継続して使っていない登録商標については、それを使おうとするものからの「取消請求」ができます。それに対して、「いいえ、ちゃんと使っていますよ」という事実の立証責任は商標権者側にあるので、「ちゃんと使ってますよ、ほれこのとおり」と裁判所に説明できなければ、せっかく登録した商標も取り消されてしまうことになります。

     この点について、「では、どういう使い方をしてれば、『使いました』といえるのか」が裁判所での争いになっています。
     (1)デールカーネギー事件(印刷物の取消事例)、(2)マジック事件(化粧品の取消事例)、(3)パパジョンズ事件(ピザの取り消されなかった事例)が著名裁判例として指摘されています。
     (1)と(2)の例は、どれも商標の表示をしていた事案ですが、印刷物に関しては主に研修資料として配布していたもので、市場では取引されていなかったこと、化粧品に関しては、マジックという単独の商標ではなく組み合わせで使われていたことを理由として、「使われていない」と判断されてしまいました。(2)の例は、商標権者が第三者に通常使用権を設定しており、その使用権者が自己の判断でほかの言葉と組み合わせて使ってしまったことが災いしました。これは商標の使用許諾中にきちんと表示形態・条件を取り決めておくことの重要性を示唆します。
     (3)の例では、実際には店舗がなく、使用されてはいなかったものの、フランチャイズ展開のための代理店募集をずっとやってきており、その募集ではパンフレット等に商標を表示して配布していたことから、使わなかったことにやむを得ない特別の事情があるとされて、取り消し請求が認められませんでした。(3)のような特別の事情が認められるのはむしろまれなケースで、実際上は、裁判例でも、商標を使っていないのに取り消されなかったケースはほとんどありません。

     なお、特許庁の審決と裁判所での判決との関係については、実務的・学術的には大問題ですが、そこはむしろ弁護士が考えるべき問題なので、今回の解説は以上とします。

  • 商標登録に対する無効審査請求の除斥期間

     「時効」という言葉は日常会話で出てくるほど身近ですが、この仕組みを見直そうという動きは、常に各方面から提案されています。主な理由は、民事時効の場合、時間が経過したというだけで権利行使を認めないのは逃げ得になって不公平だという点や、刑事(公訴・告訴)時効の場合、犯人の逃げ得を許すべきでないという点等にあります。
     この流れを受けて、刑事時効の分野では、2005年に公訴時効が延長され、2010年にも再度延長され、殺人罪の公訴時効はなくなりました。その反面、民事時効については、ほとんど議論が停滞しており、最近の債権法改正法案によって、ようやく民事時効の法改正に道が開きかけている現状です。
     時効と同じく、一定の時の経過に法的な意味をもたらす制度に、「除斥期間」があります。
     これは、一定の期間経過で権利消滅する制度ですが、消滅時効と違って、途中で期間進行が止まる(中断・停止)ことはなく、権利行使ができない状態でも進行します。また、時効と違って、当事者が「援用(主張)」しなくても、裁判所は除斥期間の経過の有無を判断しなければなりません。
     民法で除斥期間とされているのは、不法行為のときから20年という期間制限(民法724条)などです。例えば、盗難被害にあって、事件のときから20年間経過したら、その後犯人が見つかっても、原則として損害賠償請求できないということになります。
     最高裁判所は、この除斥期間の性質を、ある程度ゆるやかに解釈することで、実際上の不都合をかろうじて回避しようとしています。たとえば、加害行為から20年以上の長期の潜伏期間を経て病気が現れるというケースで、除斥期間の開始時点を加害行為でなく、損害発生時点として、被害者の救済を図りました(鉱山じん肺訴訟、水俣病訴訟、肝炎訴訟など)。しかし、このような解決はもともと時間の経過ですべての問題を帳消しにしてしまおうとする法制度であったはずの除斥期間の存在意義を揺るがす結果になっていて、除斥期間は廃止していいという議論もあります。
     知的財産法の世界では、かつて、特許・実用新案・意匠の法律で、一定の期間経過後には登録に対する無効審査請求ができないという除斥期間が規定されていたのですが、現在では、除斥期間規定を有するのは商標法だけになっています(商標法47条 商標権の設定の登録の日から5年。ただし、不正目的登録や地域団体商標の周知性を争う場合の例外あり)。
     商標法の分野でも学者や実務家からの除斥期間批判は有力ではありますが、なぜかまだ残ったままになっているようです。

  • 商標の専用使用権と通常使用権の違い

     どちらも「使用権」ですが、頭の「専用」「通常」部分が違っています。また、「独占的通常使用権」という言葉も商標許諾契約のタイトルによく出てきます。
     この「専用使用権」と「通常使用権」は、使用権という言葉は同じでも、法律的な性質は全く違ったものです。

     民事的な権利関係では、「物権」「債権」の区別がされており、「物権」というのは、権利の設定・譲渡当事者間だけでなく、それ以外の第三者に対しても、ある一定の要件(登記・登録・公示・占有)が満たされれば、法律上主張できる権利のことです。「債権」というのは、権利の設定・譲渡当事者の間だけで主張・行使できる権利のことです。

     物権である「所有権」であれば、AさんはBさんに一つしかないX物を譲った以上、Cさんには同じX物を譲れないので、Bさんは、一定の要件(登記・登録・公示・占有=対抗要件)を満たせばCさんに対して、自分が優先することを主張できます。
     他方、債権である「賃借権」の場合、一つしかないX物を先に借りる約束をしたBさんも、後から同じX物を借りる約束をしたCさんも、Aさんに対しては、全く同じ内容の権利を取得し、BさんとCさんとの間には、優劣がつきません。そのため、BさんもCさんも、Aさんに対しては、約束通り貸すように請求できるのですが、Bさんは自分が先に借りる約束をしたのだから、Cさんより自分が優先するのだという主張をすることは、仮に実際に先に借りる約束をしていたとしても、使用時期が定められていない限りは認められません。つまり、その場合に、X物が一つしかなければ、Aさんは矛盾する約束を抱え込むことになり、BさんかCさんか、実際に貸せなかったほうに対しては損害賠償をしなければならない立場になります。

     商標の場合、「専用使用権」が上記の「物権」に類似し、「通常使用権」が上記の債権に類似します。

     次の問題は、「通常使用権」に「独占的」と付いた場合にどうなるかということです。結論としては、「通常使用権」であることは、「独占的」という冠をつけても、変わりませんので、AさんBさんの間で、Z商標を「独占させる」という約束をしたという「債権的」関係となります。
     つまり、AさんはBさんと契約した後にCさんにもZ商標の「独占的通常使用権」契約をすることは可能であり(故意にやれば、それはAさんのCさんに対する詐欺になるわけですが、ここではさておき)、Bさんは自分が「独占的」契約を先にしているから、Cさんの「独占」は認めないという主張をすることは許されないということになります。

     さて、ここからまた次の問題が出てきます。
     では、Bさんが独占的通常使用契約に基づいて、先にZ商標を実際に使用し始めていたとして、商標権・使用権を持っていないDさんが、類似商標の使用を始めたとしたらどうでしょうか。
     上記の説明でいくと、Bさんは、債権(通常使用権)しか持っていないので、第三者であるDさんの販売に対して文句を言えないということにもなりそうです。そうすると、もともとの商標権者であるAさんがDさんに対して損害賠償をするしかないことになります。
     しかし、裁判例・学説の有力説では、その債権の行使が第三者により妨げられるケース(第三者による債権侵害)では、その第三者が他人の権利を侵害するという認識を持っていれば、債権に基づいて妨害排除や損害賠償請求などの権利行使が第三者に対して可能だとされています。
     つまり、BさんはDさんが悪意であること(A・Bが当該商標の権利者であることをDが知っていること)を主張・立証すれば、Dさんに損害賠償等の請求ができることになります。

     いかがでしたでしょうか。民法に基づく権利関係は、上記のように、当事者間や対第三者との間で、どのような法的主張が可能であるのか、またそのための要件として何が必要かという決まり事に基づいて組み立てられています。この法的適用を学術的に学ぶのが民法学であり、それを実社会に応用して問題解決を図るのが法曹・司法です。