カテゴリー: 知的財産

  • 業務用商品を小分けして家庭向けに売るのは違法か?

    問題となったケースは、大阪の業者が、アメリカから肥料を大量に輸入して、家庭用に小袋に詰め替えて販売したという案件です。
    このケースでは、裁判に至るまでの間に、アメリカの会社から何度も警告を受けていましたが、その都度ちょっとずつしか対応をせず、最終的に刑事告訴されてしまったものです。

     小売業者がどのような対応をしたかといいますと、当初はアメリカの商標をまねしたロゴを袋に貼り付けて販売していたのですが、警告を受けて、袋を無地にしました。しかし、そのかわり、販売するための展示台に、ロゴを手書きして、価格表とともに貼り付けて、引き続き小分け販売をしました。
     そして、そのような対応に対して再度の警告を受けたのちは、展示台を撤去しました。しかし、最初に袋に張り付けていたロゴを商品の隣に置いて、小分け品であることを明示しておくという方法で販売を継続しました。
     アメリカで製造されている正規品の小袋もほかの小売店で販売されていたのですが、大阪の業者のほうが数百円程度安く売られていたようです。

     ここに至って、アメリカの会社も我慢をしかねて、ついに告訴されてしまいました。

     対象商品は、園芸関係者の間で広く流通しているブランドであったため、ノーブランド表示では、中身が同じですといっても、売れないのでしょう。
     なかば確信犯的な業者ではありますが、やはり、その商品が商標権者の真正品であったとしても、商標使用の許諾を取らないで、勝手に包装を変えて販売するのは、商標法の解釈上、明らかに違法と言わざるを得ません。

     パターンとしては、(1)真正品を詰め替えて、商標使用の許可を取らずにロゴを表示して販売する(本件)。(2)非真正品(模造品)に他人の商標(ロゴ)を表示して販売する。のは違法であり、(3)商標の使用許諾を受けていても、まったく別の模倣品に商標を付けて販売すること。も違法です。

     専門家の間では、一律に小分け販売が違法になるのではないという議論もあります。
     例えば、小分けであることを表示し、なおかつ小分けの元になった正規品を見本として同じ場所に展示するという方法をとれば、一般消費者が商品の出所について誤解をすることはなくなるのだから、それは自由競争の範囲内で認めてよいのではないかという人もいます。

     しかし、上記の刑事事件の判決を示した大阪地裁では、詰め替えによる品質低下が商標に付随する品質保証の機能を損なうという面を重視して、学説上の多数説である違法説を採用しています。

     実務的な注意点を述べるとすれば、小分け販売にあたっては、元商標権者の許諾を得るべきです。もしかすると、出所を表示しないで、自社ブランド品として転売する策があるのではとお考えかもしれません。しかし、自社ブランド品として販売する場合でも、商標以外の知的財産権にまつわる法的に難しい問題が起こってくる可能性がありますので、やめておいたほうが無難です。

     いわゆる知的財産の活用には学説・判例が揺れていて明確な解決がついていない論点がたくさんありますので、実務での取り扱いは常に慎重な方向性で考えておくべきだと思います。

  • インクボトル事件 中身を詰め替えて販売するケース

     問題となったのは、印刷機の製造メーカーXがその印刷機で使うインクを販売していたところ、別の会社Yが、X社のインクの空ボトルを回収して、自社製造のインクに詰め替えてそのままX印刷機用として販売したという事案です。X社はY社を訴えて損害賠償を請求しました。

     東京地裁は、Y社はボトルを回収して中身を自社製品に詰め替えるサービスをしているだけであるから、ボトルにX社の商標が記載してあっても、「X社商標を使用した」とは言えないとして、Xの訴えを棄却しました。
     しかし、東京高裁は、Yの顧客が、購入に当たって、X社インクではなく、Y社インクが充填してあることを知らないケースが取引の一部にあることを指摘し、単純に詰替サービスというだけでなく、積極的にX社ボトル(実はY社インク)を販売したということになる、と認定して、Xの訴えを認めました。

     文字にすると非常に意味が分かりにくくなりますが、要するに、中身を入れ替えたらそのことを顧客に分かるようにしないとダメだよということです。
     いかがでしょうか。最近は家電店に行くと、家庭用プリンタ向けにいろいろな詰替インクが売られていて、「メーカー純正」は比較的高く、非純正品はまったく同じ形でも安いのですけど、もし、非純正品に、メーカー名のみ記載されていて、中身が別会社のものだと記載されていなかったらどうでしょう。おそらく消費者は、メーカー純正品と同じものだと誤解して買ってしまうのではないでしょうか。
     上記の東京高裁判決では、そのようなことを避けるために、「この商品のインクはX社製造ではありません」という表示(いわゆる「打ち消し表示」)をすべきであったと述べています。そのような方法で、商品の出所については、消費者の誤解を避けるようにしなければなりません。
     ちなみに、「X社用」と表示して、非純正品を販売すること自体が商標法に違反するのではないかが争われた事例がありますが、裁判所は、代用品を販売する行為自体が商標法違反になるのではなく、商標表示が、販売する商品と組み合わされる商品を特定するために必要不可欠の場合であれば、商標の使用とはいえないと判断しているので、上記のY社インクが、「X社用」として販売されることそのものには、Xは文句を言えません。

     どうでしょう。ここまで読まれて、なんのことやら意味が分からなくなっていませんでしょうか。
     このあたりの細かい話は、法律的には、目的論的解釈をするという話で、法律は、その立法の目的に沿って解釈すべしという原則の応用問題となります。
     なんだか難しいなと感じられたら、法律の目的は何なんだということに立ち返って素直に考えると、案外正しい結論を出すことができるものです。
     最終的には専門家判断が必要ですが、日常業務でも思わぬ法令違反をしないためには、規制法の目的はなにかということを常に頭に置いて行動するとよいでしょう。

  • 需要者の間に広く認識されている って何

     行政官庁は法律に書かれたことを忠実に実行し、裁判所は法律適合性を評価するのがそれぞれの仕事ですが、法律の実行・評価には必ず解釈という作業が必要になります。

     その際に、行政と司法の判断が分かれることはもちろん、司法の中でも、地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所の判断が分かれることも十分にあり得ます。
     いずれにしろ、法律の解釈・適用を最終的に決めるのは、司法の最終審理を担当している最高裁判所になります。そのため、法律の世界では、最高裁判所の判決のうち、先例としての価値があり、一般化できるレベルの判決の該当部分を「判例法理」と呼んで、実務上尊重する扱いをしています。この「判例法理」は、いずれ法律や政省令の改正を通じて、「成文法」となることが多く、法律のレベルアップに役立っています。

     今回は、商標法と不正競争防止法で使われている「需要者の間に広く認識されている」という同一表現が、その適用場面の違いから、同じ言葉なのにかなり違う意味として判例法理上捉えられていることを紹介します。また、「混同を生ずる」という表現は、商標法と不正競争防止法とでほぼ同じ意味とされているのですが、なぜそうなのかを説明します。

    事例1
     「需要者の間に広く認識されている」ことを端的に「周知性」ともいいます。
     コーヒー等の飲料を卸販売していたX社は、H県でシェア3割を持っていましたが、それ以外の地域ではほとんどシェアがありませんでした。その状況で、X社が使用していた「DCC」というマークを、Y社が先に商標登録してしまったので、X社は周知性を理由とする登録無効の審判を請求しました。ここでは、X社のDCCマークがどの程度の範囲で「周知」されていれば保護されるのかという点が問題となります。
     X社は、H県での高いシェアや多額の広告宣伝費を主張しましたが、特許庁も裁判所も、X社の周知性を否定して、登録は有効としました。不正競争防止法上は、ある程度の地域的範囲であれば、必ずしもそれが全国的なものでなくても「周知性」が認められていますが、商標法では、H県と周辺程度のシェアでは、商標法での「周知性」を満たさないとされたのです。
     これは、商標権が日本全国に通用することから、その商標を無効とするためには、まさに全国的に周知されているべきという判断に基づくものといえます。不正競争の場合は、不正な行為を防止するという負の側面から規制するので、一地域レベルでの問題でも周知性ありとして被害を防がなければなりませんが、商標法で周知性ありとされて登録商標が無効になるという結果は全国レベルに波及してしまうので、周知性はかなり広い範囲を対象とする必要があるとされます。
     そのような違いから、法律に「需要者の間に広く認識されている」と書いてあっても、その意味が場面により大変違うという結果になるわけです。「そんなに違うなら、なぜ違うように書かないか。」という疑問が生じるかもしれません。確かにその通りですが、法律は時期を違えてどんどん制定改廃されていくので、最初からすべての問題を他の法分野との整合性まで考慮して解決しておくことは非常に難しいといえます。ひとまずは従前から使われている言葉で定義しておいて、問題が生じたら裁判所で細かい解釈を決めてもらうという流れは、一つの合理的な方法論といえるでしょう。

    事例2
     商標法と不正競争防止法にはどちらにも「混同を生じる」という表現があります。
     Yが装身具等を対象として「*****(カタカナ)」の商標を登録したので、香水等を対象とする「*****(フランス語表記)」という商標を持っているXが無効審判を申し立てました。特許庁も東京高裁もXの請求を認めませんでした。その理由は、商品の名前としてはある程度「*****」が有名だったかもしれないが、商標として著名とまでは言えず、カタカナと欧文とで表示も違うので、香水と装身具とで出所について混同を生じるおそれがないというものです。
     しかし、最高裁判所は、混同は、商品そのものだけで比較して決めるのではなく、類似性、独創性、商品の関連性、需要者の共通性などから、そのような表示がされていれば、商品自体は識別されたとしても、その商品が、親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係や商品化グループ(複数企業が統一ブランドで商品展開していくような事例)に属する関係にある者が取り扱っているかのごとき混同を生じる可能性があると判断し、Xの無効審判が認められて、Yのカタカナ商標は無効とされました。
     この件では、特許庁も東京高裁もXの訴えを認めませんでしたが、最高裁はXの訴えを認めました。
     客観的に、香水等商品の著名性に便乗して、同じ趣味嗜好の需要者層に訴求する装身具を同じブランドのように見せかけて販売しようとしていたことが疑われる状況であったことも、最高裁判断の論拠になったもの思われます。

     この事例からの教訓は、法解釈論のほかに、「あきらめない」という精神論の面もあります。
     行政や下級裁判所から納得のいかない結果を示されても、あきらめずに最高裁まで戦っていけば、いい結果が出ることも(ときには)あるということです(まあ、普通はあまりないですが・・・)。