投稿者: YamanouchiKatsura

  • 零細事業の売掛金回収(小口編)

    1 法的回収の前に
     後に述べますが,小口の売掛金は,法的手続を使った回収にかかるコストが,請求金額と見合わない場合が出てきます。そのため,逆説的ですが、いかにして,法的手段をとらないで,うまく回収するかがポイントになります。

    (1)確実な決済をする
     例えば,現金販売(立ち飲み屋での「キャッシュオンデリバリ(=注文毎の即時払い制)」や,コンビニ等での小売など)がもっとも確実な回収手段といえます。これはなにかの商品やサービスが,一度のやりとりだけですむようなケースでは有効です。
     これをさらに進めると,前払制(プリペイド)という方法があります。例えば,電車の定期券や回数券のように,一定の金額・期間に有効となる前払い券を発行して,代金を先取りしておくという方法です。一般消費者を相手にする場合には,「資金決済に関する法律」の前払式支払手段に該当するので,一定の法規制を受けます(詳しくは一般社団法人日本資金決済業協会のサイト参照)。
     但し,取引相手が事業会社である場合(いわゆるBtoB)は同法の規制対象外なので,企業間取引であれば,前払制は一つのよいビジネスアイデアです。

    (2)後払いの場合の履行確保
     以上のように,回収を確実にするためには,現金決済(同時履行,先履行)か,前払い(プリペイド方式)がよいのですが,事業モデル上の都合で,そのようにできないケースがどうしても出てきます。このような場合には,「与信」の考え方が必要です。
     与信とは,一般的には銀行や金融業者が資金を融通するときに,相手を審査して,融資枠を設定することがイメージされますが,事業取引にあっても,取引相手の経営・財務状態に応じて,取引のランク付けをすることが有効です。
     例えば,一見さんの場合には,一定の保証金を預かった上で,現金・前払いだけしか対応しないと決め,継続的に取引が重なって信用力がついてくれば,保証金を免除・減額したり,後払い(ポストペイ方式)や取引ワクの拡大をするということです。
     また,このときに法的観点からみて重要なのは,取引の相手方を明確にするということです。例えば,「山田商店」という取引先が,「株式会社等の法人の商号である『山田商店』」なのか「個人事業主である自然人山田某さんが『山田商店』と名乗っている」かの区別は非常に重要です。
     法的には「株式会社○○商店」とその代表者が個人的に経営している「○○商店」とは別のものなので,それを曖昧にしていると,最悪の場合どちらにも請求できないという結果になりかねません。取引相手が法人であれば,登記事項・履歴事項証明書を調査して,本店所在地に実在するかどうか代表者本人の所在に連絡がとれるかどうかなどを最低限調査すべきですし,個人であれば,確定申告書や税務署への開業届などから,経営名義が誰になっているのか(届け上では営業者本人ではなく妻や子どもの名前を使っていたりすることがあります)を確認することが望ましいといえます。そういう地味な調査が、いざ回収というときに役に立ちます。

    2 やむを得ず法的回収手段が必要となるとき

    (1)請求金額の規模に応じた回収プラン
     以上のような対策を尽くしても、やむなく未収金が発生してしまった場合には,その請求金額に応じた回収プランを立てる必要があります。
     i)2000円未満
     これは一度の内容証明配達証明郵便の発送実費に相当する金額です。従って,このレベルの未収金の場合は,内容証明郵便の送付すらコスト倒れということになります。
     ii)5万円未満の場合
     請求の内容証明を顧問先でない弁護士に依頼した場合には,最低3~5万円程度はかかります。そのため,このレベルの未収金は,一般的には弁護士に依頼せずに,自社で繰り返し督促をして根気強く回収するのがベターということになります。
     iii)140万円以下の場合
     140万円は,司法書士が受任できる事件の金額上限であり,簡易裁判所で扱われる上限でもあります。このレベルの未収金は司法書士でも回収出来ますし,自社で法務部員を教育すれば,簡易裁判所の許可を受けて、事件ごとに訴訟代理権を持たせることもできるので,弁護士に頼らないで自力回収できる範囲になります。ちなみに,一般的には,140万円を請求して全額回収した場合の弁護士費用は,着手金・報酬あわせて約2~4割(28~56万円)になります。
     iv)140万円を越える場合
     このレベルになると弁護士介入がベターとなります。
     但し,「支払督促」という手続(=裁判所から相手に督促状が届き,無視すると仮執行ができるので,内容証明よりも強力)であれば,簡易裁判所でも可能であり,金額の制限がありません(裁判所への印紙代が若干かかります)。また,「民事調停(=調停委員が間に入って,相手との話し合いをする)」も金額の上限なく簡易裁判所が扱いますので,それらの手続であれば弁護士を介さなくても利用可能です。しかし,支払督促に相手から異議があると,地方裁判所での通常裁判へ移行しますし,民事調停が不調になれば,原則2週間以内に提訴するほうがよいので,初めから弁護士を依頼しておいたほうがよいと思われます。

    (2)法的回収に必要な情報収集
     法的手続きのためには,相手方の住所,名称,郵便の届く事業所を最低限把握しておく必要があります。もし,所在不明になってしまった場合には,公示送達という特殊な方法で提訴します。これは早い回収を期待するより,主に時効中断のために提訴するケースです(時効が中断し、判決確定から10年に伸びます)。
     また,回収可能性を事前に予測するために,相手方の資産・収入などを調査する必要もあります。その場合は,本人だけでなく,相続財産が入る可能性も考慮して,親兄弟の分まで調べる事があります。この調査でめぼしい資産・収入がないことが分かれば,無駄な回収費用をかけずに貸倒償却するほうがベターというケースもあり得ます。

    (3)法務設置のメリット
     企業の立ち上げ段階や成長過程では、どうしても営業に比重がおかれて、受注増に伴って、請求・回収の管理が甘くなりがちです。
     経理担当者にしても日々の帳簿整備に手一杯で,請求管理は請求書を発行すれば一仕事終えたつもりになってしまいがちです。このようにして、いつのまにか収支不明の備忘記録がホコリのように溜まってくることがあります。日々の業務にはほとんど支障がないので,放置されているのですが,そのような不明瞭経理横領や背任の温床でもありますので,注意が必要です。
     前記のように,140万円までの債権であれば,簡易裁判所での民事訴訟が使えますし,貸金・信販系会社では,法曹資格のない社員が裁判所の許可を得て代理人となって,司法書士・弁護士のように法廷で活動しているケースもあります。債権管理以外にも,法令遵守(コンプライアンス)のための社内監査などの仕事もありますので,総務や人事のなかに法務担当を置くことを検討されるのも良いと思います。

  • 個人情報保護の要点

     最近は,なんでもかんでも個人情報保護で,弁護士の立場からすると,以前よりも情報の取得が難しくなってきた感があり,訴訟や後見などのいろいろな手続が面倒になってきています。
     しかし,それだけ個人情報がシステムとして保護されている状況が定着してきたということで,全体的には好ましいといえるでしょうか。
     ところで,一般論として、漠然と個人情報を保護しなければという認識はありますが,法律上どのように規定されているのかは意外に知られていません。そこのところをお知らせするのが今回のレポートの趣旨です。

     法律は平成15年に出来た「個人情報の保護に関する法律」です。
     個人情報は,「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの」と定義されています。

     つまり,「亡くなった人」の情報はこの法律では保護されていません。また,「特定の個人」を識別できない情報(例:イニシャルだけ,ありふれた姓名だけ)などは保護対象でありません。但し,それらの情報をまとめて保有していて,いつでも個人を特定できるような状態にしてあるとき(例:公開ファイルはイニシャルだけだが,固有の番号を付けたりして,本名・住所等のファイルに関連づけられている場合やクロス検索機能で簡単に抽出できる場合など)には全体が法律による保護対象になります。

     個人情報はだれもが慎重に取り扱わなければならないのですが,この法律では,とくに「個人情報取扱事業者」という定義を設けて,それに該当する場合に限って,法律による種々の規制をかける仕組になっています。もちろん,法律で規制されなくても,自主的に個人情報保護ポリシーを設けることは望ましい事です。

     「個人情報取扱事業者」は,現在の基準では,「ある事業のために,過去6ヶ月間を通じて一度でも5000人を超える人数を特定できる情報を管理している者」です。つまり,6ヶ月以内に5001人以上の個人情報を集めていたことが一日でもあれば,個人情報保護法の適用を受けて,次に述べるようないろいろな保護法準拠対策を講じなければなりません。なお,この情報は日本国籍者に限らないので,法人ではない「個人(自然人)」であれば,外国人も数にカウントされます。亡くなった方は含みません。

    (1)利用目的の特定: 個人情報を記録する際に,利用目的を決めることです。ここで決めた目的以外には原則として使わないようにします。
    (2)利用目的による制限: 本人の事前の同意がないときには,原則として,定めた目的以外のために利用してはいけません。例えば,荷物送付のために聞いた個人情報宛てに,事業の宣伝等のDMを送付したりすることはできません。そのようなことをしたければ,目的に定めておくか,個別に本人の同意をとっておかねばなりません。
    (3)適正な取得: 本人をだまして個人情報を聞き出すことは違法です。
    (4)取得に際しての利用目的の通知等: 本人には,個人情報の利用目的を知らせておかねばなりません。利用目的をWEB上で公表している例が多いですが,公表していても,新規取引毎に個別に「個人情報利用についてのお知らせ」をするほうがよいでしょう。利用目的が変更された場合には,本人へ通知しなければなりません。
    (5)データ内容の正確性の確保: 一旦集めたデータは,正確かつ最新の内容に保つようにする努力義務が課せられています。
    (6)安全な管理: 当然ながら,集めたデータが漏洩したり,なくなったりしないようにしなければなりません。
    (7)従業者の監督: 安全管理の一環として,従業員の指導監督も必要です。
    (8)委託先の監督: データ入力やDM代行業者などへ情報を委託する場合は,その業者がきちんとした個人情報保護ポリシーをもっているかどうか確認すべきでしょう。
    (9)第三者提供の制限: 当然ながら,本人の同意なしの個人情報第三者提供は禁止されています。ただし,これにはいくつかの例外があります(例:捜索差押や伝染病検疫の場合など)。
    (10)保有個人データに関する事項の公表: いわゆるプライバイシーポリシーです。法律が求めている内容は,①当該個人情報取扱事業者名称,②個人データの利用目的,③開示手数料,④苦情申出先です。
    (11)個人データの開示・訂正・利用停止: 本人の求めがあれば,保有している個人データを本人へ開示しなければなりません。その場合は一定の手数料を徴収できます。データがない場合には,データがない旨を回答しなければなりません。
     また,本人から訂正を求められたときは,内容確認のうえ,これに応じなければなりません。訂正できないときにはその旨を報告しなければなりません。これは,その本人にとっての不利益情報(例えば,料金滞納の事実や,暴力団関係者である等の事実)が記載されている場合に,生じてくる問題です。
     個人データが不正取得・不正利用されている場合は,当該データの利用停止や消去をしなければなりません。
     個人情報保護については,各業界の団体が「認定個人情報保護団体」となり,共通のガイドラインを定めている場合もあります。

     もし,「個人情報取扱事業者」が法律の定めた措置を執らずに,個人情報漏洩や不正使用などをした場合には,行政から是正勧告が出されることがあります。この勧告に従わなかった場合には,是正命令が出され,さらにそれにも従わないときは刑罰(六月以下の懲役又は三十万円以下の罰金)に処されることもあります。

     事業が拡大すると,すぐに個人情報を5000件を越えて保有する状況になると思いますので,それらについての適正な管理をすることが,事業経営課題の一部になってきます。

     

  • 事業承継と名称等の使用

    1 事業支援の概要
     他社の事業を支援するにあたっては,会社の新設,分割,合併,営業譲渡,出資,金融支援などの様々な手法があります。
     それらの方法については,その時点での会社法制や税制などの状況や,関係先の状態に応じて臨機応変に判断しなければならないので,必要になった都度,検討をすることになります。今回は,それらの手法のことではなく,共通して問題となる「名称の使用」について整理してみました。

    2 名称の種類
     会社は,様々な名称を使っています。例えば,「社名」これは法人組織であれば,登記された名称(商号)であり、個人営業であっても商号登記が可能で、法的保護対象になります。
     店舗経営会社の場合は,社名と経営する「店舗名」が違うこともあります。
     また,代表的なサービスや商品の名称も会社名とは違う事があります。それらの表示は商標登録されている場合もあります。
     事業支援を会社の新設,分割や営業譲渡の方法で実施する場合に,名称利用について注意すべき点が,大きく分けて二つあります。
     一つが,「商号続用」で,もう一つが「ブランド,商品名続用」です。前者では会社法・商法が,後者では商標法その他の知的財産関連法が問題になり,共通の問題としては,不正競争防止法も問題になります。順に説明して参ります。

    3 商号を続けて使う場合
     この点については,商号を続けて使うことにより事業承継者に責任が生じるケースを裁判所が多数判断しております。
     例えば、別会社の経営していた飲食店舗を譲り受けてそのままの名称で営業を続けていた会社が,もとの経営会社に対する債権者からの事業上の債権取り立てを受けていた事件で,店舗の名称を続けて使う場合には,対外的に反対の意思表示を明示していない限りは,会社法に基づいて,旧経営者の負債を弁済する義務を負うと判断された例があります。
     このことから得られる教訓は,安易に支援先の事業を引き受けて,そのままの名称を使うべきではないということです。また,どうしても名称を続けて使いたい場合には,従来の取引先に対して十分な説明と周知を実施して,理解をえる必要があります。

    4 ブランド・商品名を続けて使う場合
     これは古くからの問題ですが,最近ではインターネット上のアドレス(URL)につく「ドメイン名」の不正使用という問題も加わりました。結局は,他人の権利を侵害してはいけないという単純な話なのですが,ブランドや商品名,ドメイン名は,よほど著明なものを除いて,一般的には誰に帰属する権利なのか,あまり周知されていません。誤って他人の権利を侵害してしまうことを避けるためには,登録商標やドメイン名などを,事前に調査する必要があります。
     これらの知的財産に関する使用や登録のルールは,様々な国際条約,国内法,判例などが複雑に適用されますので,専門家(弁理士・弁護士)でないと扱いきれない問題になってきますが,会社が大きくなるとどうしても関わらざるを得ない分野です。

     ちなみに、***管理士という国家資格は、次のものだけです(これ以外に ××管理士 という名称を付けているものはすべて民間の技能検定にすぎません)。

    • エネルギー管理士・熱管理士・電気管理士(エネルギーの使用の合理化に関する法律)
    • 浄化槽管理士(浄化槽法)
    • 安全管理士・衛生管理士(労働災害防止団体法)
    • マンション管理士(マンションの管理の適正化の推進に関する法律)

    このほか国家資格ではないものの、「補償業務管理士」という資格があります。これは、公共用地補償に関する国の制度の中に位置づけられている点でやや特殊な民間資格です。

    ・・・脱線しました・・・ 

    5 不正競争の問題
     上記のような会社やサービス,商品等の名称が,世間に広まれば,それ自体が無形財産としての価値を持ちます。そのような営利会社がもつ対外的な無形的価値は会計上、「のれん(GoodWill)」として現れてきます。
     このような性質があるだけに,多くの事業会社が、被害者になるケースと加害者になるケースの両方に遭遇してしまう可能性があります。
     例えば,「sonybank」事件では,前記の「ドメイン」について,著名メーカーのソニー(sony)とは全く関係のない個人が,金銭的に多額の要求をする意図をもって,「sonybank」という名前をインターネットアドレスに登録していたケースです。最終的には裁判でソニーへの無償移転が相当と認められましたが,商取引での最近のインターネットの重要性を考えると,ソニーには相当な時間的,コスト的損害が発生したと思われます。

    6 まとめ
     以上,簡略化して説明しましたが,事業の拡大・展開や縮小・撤退過程では,さまざまな法律分野にかかわる問題がたくさん生じてきます。美しいテイクオフ・ランディングが出来るように,しっかりとした事前・事後の法務対策をすることが必要です。