投稿者: YamanouchiKatsura

  • 労働者の公民権保証

     労働基準法違反に対して刑罰が科される場合がいくつかありますが、労基法7条公民権保証規定違反は罰則のある一例です。
    例えば、選挙権の行使を妨げるような職務命令をしたり、裁判員に選ばれた職員に対して休業を認めなかったり、懲戒したりすることは、違法であり、刑事罰の対象(6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金)になります。

     滅多にない事ではありますが、従業員が地方自治体の議員等の選挙に出て、当選した事例があります。この場合、会社はその従業員を解雇できるでしょうか。

     結論としては、選挙に出たことや議員になったことだけを理由に、解雇することは認められないと考えておくべきでしょう。ただし、議会や選挙活動のために欠勤が度重なるとか、会社内で業務時間中自分の政治活動をしているなどの事情が出てくれば、解雇可能となりうる場合もあるでしょう。

     逆に、社長が自分の支援する政党や政治団体の行事に、従業員を強制的に参加させたり、あるいは参加した従業員を優遇することは、直接には労基法7条が規制することではありませんが、従業員の思想信条の自由を侵害する危険性が高く、場合により労基法3条の差別処遇禁止に抵触する可能性があります(これも7条と同じ罰則あります)。

     従業員の政治的・宗教的な活動や、社会貢献的活動に対しては、思想信条の自由等の人権尊重及び企業の社会的責任(CSR)の見地に立ち、ある程度までは大目に見るべきでしょう。しかし、いかなる自由権であれ、その行使が他者の権利を侵害する程度に至れば(社会的な許容範囲を超えれば)、懲戒や解雇が正当化される場合もあり得ます。

     このあたりのさじ加減は、非常に微妙な問題なので、具体的な事例への対応は苦労するかもしれませんが、大きな方向性としては、「会社の業務にどの程度の実害が出ているか」を判断基準にして考えればよいでしょう。

     具体的な懲戒事例で迷われた場合は、あとになって不当解雇などと言われないように、あらかじめ弁護士へご相談いただければ有益かと思います。

  • 労基法 賠償予定の禁止

     社員を留学に出して、新分野の開拓をやってもらおうと期待していたら、帰国した直後に退職して競合他社へ転職してしまった・・・
     資格試験の取得を金銭面・時間面でサポートして、会社の為に働いてもらおうと思っていたのに、合格したとたんに退職された・・・

     さて、こんな問題が起きないようにするためにはどうしたらいいでしょうか。
     もちろん、会社をずっとそこに居たいと思ってもらえるような魅力ある環境にすることがベストの答えですが、ここでは、ひとまずそれを置いておき、法的にはどのような可能性があるのか検討してみます。

     まず考えつくのは、雇用期間を長期にして、転職を防ぐ考えです。しかし、労働契約の期間は日本では原則最長3年(例外的に専門職・高齢者で5年)に制限されているので、それ以上の長期拘束はできません(特定プロジェクトのための雇用という方式はあり得ますが、あまり一般化できません)。

     次に、掛かった費用を記録しておいて、一定期間・内容で会社に貢献しないときに、会社が被った損害として、一定額の賠償を予定する方法が考えられます。しかし、この方法は、労働基準法16条により、労働契約の不履行を理由として違約金や損害賠償を予定することを禁止されている点で、問題を生じます。これに類する事例としては、
    ・早期退社の場合に、未払い給与・賞与から一定額を控除すると定めること
    ・勤続年数に応じて支給すると定めた退職金について、留学・合格等の後一定期間を経過しない退職者には支給しないこと
    ・退職後同業他社へ就職したときは退職金の全部または一部を返上すると約束させること
     などの多くのパターンが考えられますが、どれも違法・無効となる可能性が高いものです。

     また、上記の通り労働契約で拘束できないうえに、そもそも、仮に会社の損害があったとしても、裁判上、それを立証することは非常に難しく、不法行為に基づく賠償請求は非現実的です。

     以上の問題を回避するため、社員に対する援助を貸付としておいて、一定の期間会社に残らなかったら、返済してもらい、一定期間経過したら免除するという契約を交わしておくことが考えられます。このような方法による場合は、有効になるとされた事例もあります。ただし、貸付の返済という形を法律違反にしないためには、留学などの利益供与が、その社員の個人的な利益にもなることや、帰国後の就労期間をあまり長期にしないことなどの、細かな配慮が必要になってきますし、税務会計上も給料との区分や免除益課税の配慮等が必要となります。
     
     賠償予定の禁止に関しては、数多くの裁判例がありますので、社内規程作成にあたっては、それらを斟酌してよく検討しておくべきでしょう。

  • 内定・試用期間

     今回は採用と内定試用期間についてです。

     労使関係は契約に基づくものですので、大原則は「契約の自由」であり、企業側から見れば「採用・不採用の自由」です。

     従って、本来的に、採否を求職者へ通知する際に、採用・不採用の理由を示す必要は特段ありません。「諸般の事情を総合的に考慮して」決めればよいわけです。ただし、その理由が、人種差別や性差別に由来するようなものであると、違法性の問題は残ります。

     採用・不採用の適否が直接問題になる場面はほとんどありません(求職者も不採用になれば次を探すのが通常でしょう)が、採用内定という段階まで来てから、内定を取り消す場合に、問題が起きる可能性があります。

     大日本印刷事件では、一定の内定取り消し条件に当てはまったら、内定を取り消すという誓約書を作成しており、そのうちのある条項に該当するとして、内定を取り消しましたが、最高裁は取消を認めませんでした。この件やその後の裁判例を見ますと、採用内定は正式採用とほとんど変わらない意味を持つものと解釈されていますので、内定だからといって、理由なく取り消せるわけではないことに注意してください。

     次に、正式採用までの間に一定の試用期間を設定することがあります。内定について述べたとおり、内定ですら理由なく取り消せるわけではないので、正式採用ではないとはいえ、試用期間中あるいは試用期間満了時に雇止めをすることに対しては、基本的に「解雇権濫用制限法理」が適用されることになります。

     以前にお伝えしたように、中国では労働契約期間に応じて試用期間の制限があり、その制限を超えたら、雇用継続するかどうかを必ず決めないといけないのですが、日本の場合には、試用期間を設定することは認められているものの、その期間や雇止め条件について、現在のところ、何も規定がありません。そのため、実務上は、微妙で難しい問題が生じます。試用期間が慣行に比べて長すぎる場合(一般には3ヶ月程度までとされているようです)や、不当労働行為・権利濫用などにあたる場合などには、試用期間設定そのものが無効になる可能性もあります。