投稿者: YamanouchiKatsura

  • 商標権者の不正使用による取り消しと予防法務

     民事法の世界では、「権利の上に眠るものを保護しない」という言葉(古くから言われているこのような法律的な言い回しを「法諺(ほうげん)」といいます)があります。これは例えば「消滅時効」とか、「不使用取消」などが依拠する基本的な発想です。今回は、商標法に見られる「クリーンハンズの原則」について説明します。

     クリーンハンズとは、「きれいな手」という意味です。つまり、法律の保護を受けようとする者は、自分自身が法律の保護を受けるに値する清廉潔白さをもっていなければならないとする基本的発想です。民法で有名なのは、「不法原因給付(民708条本文)」です。不法な原因(たとえば不倫の見返りとして金品を供与したり、賭博の掛け金を払ったり、出資法違反の高金利を取るために金を貸したりするようなこと)で相手に金品を渡したときは、原因になる契約が公序良俗違反で無効(民法90条)であっても、金品の返還を求めることができないという制度です。つまり、自らが違法な行為で無効の原因を作っていながら、その無効を理由に相手に返還を求めるというのは身勝手であり、法律では助けてあげませんよということです。

     商標法で、このクリーンハンズが強く現れているのが、商標権者の商標不正使用取消(同法51条1項)という仕組みです。
     商標権者であっても、他人の商標を故意に侵害するために自己の商標に類似した商標を使った場合には、類似の元になるもともとの登録商標も登録を取り消されるという制裁的な制度です。さらに、一度取り消されると5年間その商標範囲の出願は受け付けられないという厳しい内容になっています。
     実例で著名なのが「アフタヌーンティ事件」です。特許庁は商標権を取り消しませんでしたが、東京高裁は特許庁と逆の判断をして取り消しました。

     それと別に、使用権者の不正使用取消(53条1項)という仕組みもあります。これは、商標権者自身でなく、使用許諾を受けた者が、他人の商標を侵害する類似商標を使った場合、もともとの商標登録を取り消すというさらに怖い制度です。そのため、商標権者は、商標許諾時には、厳重に契約で縛っておかないと、大変な不利益を被る可能性があるので注意が必要です。
     この実例で有名なのが、「ミネフード事件」です。これは商標権者の商標を第三者に使用許諾したところ、その第三者が勝手に商標の一部分だけを取り出して使っていたら、呼び名が似た商品を売っていた別の会社から訴えられたという事件です。これも特許庁では取り消されなかったのですが、東京高裁では取り消されるべきとされました。

     日本のビジネス界では、契約の拘束力に対する意識が低いのですが、紛争になった場合、契約書の記述は重要です。たとえば上記のような紛争の場合、商標改変使用の禁止と違反時の損害賠償予約・違約罰条項等を使用許諾契約に入れておくことで、ある程度の対策になります。そのあたりのことを押さえておかないと、他人の不始末のせいで、大きな損害を被る羽目になりかねません。商標権に限らず、契約書一般について、予防的観点からのチェックを平素より怠らないようにするとよいでしょう。

  • 民事裁判での請求・主張・立証

     裁判は、原告(請求する側)が、被告(請求される側)に対して、一定の法律的な権利・地位に基づく「請求」をし、そのために意味のある事実経過(要件事実といいます)を「主張」し、これを契約書や領収証等で「立証」するという方法で進行します(処分権主義)。

     その裏返しとして、裁判所は、原告が請求していない事項を判断してはいけないという制約を受けています(民事訴訟法246条)。このことは、すなわち、原告が「まちがって」請求を絞ってしまうと、本来判断してもらいたかったのと違う結果になってしまう危険があるということです。
     したがって、訴訟を起こす場合には、具体的に何を請求するのか、そのために何を主張しなければならないか、また、その主張をどうやって立証するのかをよく考えてから実行する必要があります。
     請求の間違い、主張・立証の不足による不利益は原告が負担するので、要件を満たさない提訴をすると敗訴してしまう危険性もあります。
     学部生の知識レベルでは、どのような法律の仕組みがあるのか十分理解していても、では、具体的に目的とする権利を実現するために、どのような請求を立て、事実を主張し、立証しなければならないのか(実務への応用)の点では、まだ訓練不足の状態にあります。法科大学院を卒業し、司法試験に受かった人がさらに長期間訓練をしなければならないのは、この実務応用力を鍛えるためです。
     
     「主張」は適切な時期にきちんとやっておく必要があります。もし、裁判が進んで、判決の間際になって、「新しい主張」をしようとすると、相手方から「時機に遅れた主張である(民事訴訟法157条)」という異議が述べられることがあります。訴訟の進行を遅延させる行為であると見られてしまえば、その「新しい主張」は、いくら正当なものであっても、制限される危険があります。

     ちなみに、前回話題にした商標法の不使用取消は、まず特許庁の「審判」を経て、次に裁判所の「訴訟」でその結果の当否が争われるという順番がありますが、商標法に「商標の使用を審判で証明しない限り取り消す(50条2項)」という規定があることから、審判で証明できなければ、裁判所で証明しても取消は免れないと解する見解もありました。議論はありますが、現在の最高裁見解は、裁判での主張・立証も認めるという方向性にあるようです。

     裁判は当事者の公平を図るために、厳しいルールで運営されていますが、あまりにも硬直化すると真実から遠ざかり、違法・不正を見逃してしまいかねないという問題があり、法律実務に携わる関係者は常に、ルールか真実かのきわどい選択を日々行っているといえるかもしれません。

  • 不使用取り消し

     前回は時効・除斥期間の話が出ましたが、今回は、商標権に特徴的な「不使用取消」についてです。
     商標権は、実際に使っていないものであっても、将来使おうと思っていれば、自由に登録することが可能です。そして、登録した商標であっても、それを使う義務はなく、登録したままで実際に使わずに塩漬けにすることもできます。

     このような制度下では、もとから使うつもりもないのに、将来有望になりそうな言葉やマークなどを手当たり次第に登録して、他の人がそれを使おうとしたときに、多額の移転料を請求するというような、悪用もされかねません。
     そういう事態は、インターネット上の住居表示である「URL」ではすでに発生していて、著名企業の名前を先取り登録して、URLの値段を釣り上げる悪質な手法が横行しています(もう過去形かな? 参照>スパムメール警告 ドメイン・レジストラ関連)。

     商標法では、登録したのに使わない商標について、3年間以上継続して使っていない登録商標については、それを使おうとするものからの「取消請求」ができます。それに対して、「いいえ、ちゃんと使っていますよ」という事実の立証責任は商標権者側にあるので、「ちゃんと使ってますよ、ほれこのとおり」と裁判所に説明できなければ、せっかく登録した商標も取り消されてしまうことになります。

     この点について、「では、どういう使い方をしてれば、『使いました』といえるのか」が裁判所での争いになっています。
     (1)デールカーネギー事件(印刷物の取消事例)、(2)マジック事件(化粧品の取消事例)、(3)パパジョンズ事件(ピザの取り消されなかった事例)が著名裁判例として指摘されています。
     (1)と(2)の例は、どれも商標の表示をしていた事案ですが、印刷物に関しては主に研修資料として配布していたもので、市場では取引されていなかったこと、化粧品に関しては、マジックという単独の商標ではなく組み合わせで使われていたことを理由として、「使われていない」と判断されてしまいました。(2)の例は、商標権者が第三者に通常使用権を設定しており、その使用権者が自己の判断でほかの言葉と組み合わせて使ってしまったことが災いしました。これは商標の使用許諾中にきちんと表示形態・条件を取り決めておくことの重要性を示唆します。
     (3)の例では、実際には店舗がなく、使用されてはいなかったものの、フランチャイズ展開のための代理店募集をずっとやってきており、その募集ではパンフレット等に商標を表示して配布していたことから、使わなかったことにやむを得ない特別の事情があるとされて、取り消し請求が認められませんでした。(3)のような特別の事情が認められるのはむしろまれなケースで、実際上は、裁判例でも、商標を使っていないのに取り消されなかったケースはほとんどありません。

     なお、特許庁の審決と裁判所での判決との関係については、実務的・学術的には大問題ですが、そこはむしろ弁護士が考えるべき問題なので、今回の解説は以上とします。